4月に中国の新星出版社から2冊の中国ミステリー小説が出版されました。『文学少女対数学少女』(著:陸秋槎)と『日月星殺人事件』(著:青稞)という、どちらも日本語の仮訳を必要としないタイトルです。

 新刊の宣伝を兼ねて、現在石川県金沢在住の陸秋槎氏と香港在住の青稞氏は、5月に北京の本屋でトークショー&サイン会を行いました。陸秋槎氏は5月11日に「推理小説のポスト・トゥルース時代」と題したトークショーを実施。翌12日には、陸秋槎氏と青稞氏、そして北京在住の社会派ミステリー小説家・呼延雲氏が3人で「文系推理作家VS理系推理作家」と題した対談を実施。陸秋槎氏は更に、母校である上海の復旦大学や杭州にもトークショー&サイン会をしに行ったようです。

 私は11日12日両方とも見に行きましたが、トークショー会場は本屋の中ということもあり決して大きくなく、11日の会場の収容人数は50人程度でした。しかし、パワーポイントで資料をつくり、日本から読者に渡すお土産を持ってきて抽選を行った陸秋槎氏のサービス精神には感心させられました。現在の中国ミステリー界隈は、良い作品なら放っておいても売れるという状況からは全然遠いようで、作家側のこのような努力がまだ不可欠です。

 

【11日の会場の様子】

 11日のトークタイトル「推理小説のポスト・トゥルース時代」は、藤田直哉氏の『娯楽としての炎上――ポスト・トゥルース時代のミステリ』というサブタイトルから取ったものであり、トークショーでは日本のアンチミステリー小説が多数紹介されました。中国ミステリー界隈では、中国未出版では未出版の日本や欧米作品もよく知られています。しかし当たり前ですが全ての作品が読まれているわけではありません。そのため、陸秋槎氏のような海外在住者が優位性を生かして、まだ流行っていない作品やアイディアを中国に導入することはとても意味があることです。

 ここで陸秋槎氏の新刊『文学少女対数学少女』のあらすじや内容を紹介しましょう。

 本書は、推理小説好きな文学少女・陸秋槎が書いた推理小説の謎を、孤高の天才数学少女・韓采芦が数学的手法を使って解いていくという「作中作」の体裁が取られ、『連続体仮説』『フェルマーの最後の事件』『不動点定理』『グランディ級数』からなる短編集です。

 高校の校内誌に自作のミステリー小説を載せ、生徒に犯人当てをさせた陸秋槎は、送られてきた数々の解答が自身の設定した解答と全然違うことにショックを受ける。しかし、推理に穴があったり、結論が牽強付会だったりする解答を読んでいくうちに彼女は、自分が設定した解答も唯一絶対ではないことに気付く。そして友人の陳姝琳から、より完全な推理小説を書くために数学の天才・韓采芦に意見を貰うことを薦められる。そこで韓采芦に次回の校内誌に載せる小説の添削を依頼したところ、彼女は「消去法」を使っていとも簡単に犯人を当てたばかりか、作者の陸秋槎でも想定していない犯人を次々挙げるのだった。(『連続体仮説』から)

 本書は、文学少女・陸秋槎が書いたミステリー小説及び身近で発生した事件を巡って犯人当てをするという内容ですが、提示されている証拠が不完全なために真犯人が分からず、誰もが犯人として指摘できるという、「後期クイーン的問題」が扱われています。「後期クイーン的問題」は中国ではマイナーなようで、これを使った作品はまだ少ないらしいです。そして本書では、せっかく辿り着いたのにそれが本当なのかどうか分からない「真相」よりも大切なものが提示されます。それは女の子同士の友情。即ち「百合」です。
 最後に掲載されている『グランディ級数』では、百合のために推理を犠牲にする少女が登場しました。陸秋槎氏はこれまで『元年春之祭』『当且僅当雪是白的』で百合要素を大胆に導入した本格ミステリーを書いてきましたが、本書ではアンチミステリーに挑戦したこともそうですが、百合小説としてもより過激になっています。

 もう一つ、青稞氏の『日月星殺人事件』も紹介しましょう。本書はいわゆる館ものミステリーで、密室トリックを描いたコテコテの新本格ミステリーです。

 殺害された有名な推理小説家・界楠の遺品にあった招待状に興味を惹かれた推理小説好きの陸宇と探偵の陳黙思は、彼に代わって日月山荘へ行く。円柱形の2階建ての日館、五芒星の形を構成する5本の柱、月形の池を持つこの場所では10年前に、天体愛好者の集まりのときに死亡事件が起きており、そして今回集められたのは当時の関係者たちだった。外界から孤立した別荘で殺人事件が次々に起こり、陸宇たちは10年前の事件の復讐ではないかと疑う。

 本書では『日月星殺人事件』『時間の灰燼』の2つのパートに分かれて、ストーリーが交互に展開します。前者は日館の2階で陸宇や陳黙思たちが殺人事件に巻き込まれるパートで、後者は日館の1階で天文愛好者たちがペダンティックな天文学知識を話し合うというパートです。『時間の灰燼』の天文愛好家たちはそれぞれジュピターやマーズなどの惑星の名前を名乗り、本名が伏されていて、いかにもなにか仕掛けがある様子。2つのパートを交互に読んでいくと、天文愛好家たちの名前を予想できるようになっているのですが、この予想をした時点ですでに作者の術中にはまっています。

 肝心の謎解き部分は、まず最初に実現不可能な机上の空論のような犯行を出してから、心理的盲点を利用した単純な方法を提示してみせ、後出しのトリックを相対的に簡単で実現可能なように描写しています。しかし最終的には、作品の舞台そのものを変動させる大規模かつよりシンプルな、まるでコロンブスの卵のようなトリックを書き、読者の度肝を抜きました。

 しかしストーリーや設定にムラがあり、メタ的な視点を持つミステリーマニアがいる一方で、新本格ミステリー小説特有の死亡フラグ的な行動を取るキャラクター(館内の誰も信じられず部屋にこもるキャラなど。もちろん死ぬ)もいます。2019年現在に数十年前の新本格ミステリーの骨格をそのまま流用した結果、キャラクターの言動に矛盾が生じてしまっていて、この点はとても惜しいと思いました。

 今回紹介した『文学少女対数学少女』『日月星殺人事件』はどちらも日本の影響を色濃く反映していますが、前者はアンチミステリーというテーマでオリジナリティを出しているのに対し、後者はトリックを最上位に置いてその他の小説要素を特に重要視していません。性質がここまで違う小説が同時期に出るということは、中国ミステリーは成熟期にあるのではなく、やっぱりまだ「何が出るのか分からない」、期待と不安が同居する混迷期にあるのかなと思いました。次にどんな作品が出てくるのか楽しみです。

阿井幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

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