今回はブライアン・パノウイッチのデビュー作、Bull Mountain(G.P. Putnam’s Sons、2015年)を取り上げます。

 ジョージア州マクフォールズ郡の保安官、クレイトン・バロウズの事務所にATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)の特別捜査官、サイモン・ホリーが現れる。
 クレイトンの祖父クーパーは地元でブル・マウンテンと呼ばれている一帯を支配して密造酒や麻薬を捌くことで富を手に入れる。
 父親であるギャレスがその帝国を受け継ぎ、現在は三兄弟の長兄、ハルフォードが後継者となってクリスタル・メスを捌いていたものの、末弟のクレイトンだけは堅気の道を選んでいた。
 ホリーはこれまでクレイトンの許を訪れては「ブル・マウンテンの息の根を止めてやる」と大口をたたく連邦機関の人間とは違い、ハルフォードよりも彼に武器を提供しているオスカー・ウィルコムという人物に捜査の重点を置いている、と予想もしなかった話を始める。
 フロリダ州に拠点を置くウィルコムは武器だけでなく麻薬や人身売買にも手を染めており、ATF や FBI(連邦捜査局)、DEA(麻薬取締局)に州警察までも加わった共同捜査チームはその組織を壊滅させるため、念入りに準備を進めていた。ハルフォードがウィルコムと取引しているルートのみならず、広大なブル・マウンテンに点在する麻薬製造所もすべて明らかになっており、いつでも摘発できる、とホリーは豪語する。
 しかし、そこから話は意外な方向へと進む。
 ウィルコムの組織の内部情報を入手できればことは更に容易になり、捜査チームの人的被害も最小限にとどめられると考えたホリーはハルフォードに情報提供者となるよう説得してほしい、という意外な提案を持ちかける。
 1年前に次兄のバックリーが警察と銃撃戦を繰り広げて命を落としたこともあり、クレイトンは「証言と引き換えに免責特権を与える準備もある」というホリーの言葉を信じてハルフォードに話をつけるべくブル・マウンテンへ向かうが……
 
 第1章は1949年、クーパーとその異母兄であるライリーの確執から幕を開ける。
 第2章ですぐに舞台は2015年の現代へ移るもの、クーパーからブル・マウンテンを託されたギャレスが帝国を拡大させていく姿が途中で巧みに織り込まれ、クレイトンを取り巻いている因縁が徐々に明らかになる。
 章ごとに視点が変わり、主にクレイトンとギャレスが語り手となるものの、途中でギャレスの妻、アネットも登場する意外な展開も用意されている。更には完全な脇役としか思えない人物の視点で語られる章もあり、読者はひたすら筋を追いかけて引きずり回される羽目になる。
 過去と現代を行き来する、ともすれば複雑になりがちな構成をとりつつ読みやすく仕上げている著者の技量はなかなかのもので、全体的に中だるみすることもなく終盤へとなだれ込み、最後には度肝を抜かれる結末が炸裂する。
 この作品は国際スリラー作家協会(ITW)の2016年度処女長編賞も受賞しているものの、次から次へと事件が起こる派手なスリラーという印象は薄く、70年近い歳月に渡るバロウズ一族を描いた叙事詩的な作品、という印象を受けた。
  ハフポストに掲載されたインタビューによると、著者はミュージシャンとして活動した後に消防士となり、4人の子供がいるため自宅で執筆はできず、この作品は消防署に詰めている間に書き上げられた、とのこと。
 次作の Like Lions も刊行され、これからが楽しみな作家である。

作品リスト
Bull Mountain(2015年、G. P. Putnam’s Sons) デビュー作
Like Lions(2019年、Minotaur Books)

寳村信二(たからむら しんじ)

20世紀半ばの生まれ。2019年に読んで面白かった他の作品ではデイヴィッド・ペドレイラの Gunpowder Moon(Harper Voyager、2018年)がある。こちらは21世紀後半の月面が舞台で、米中の紛争に巻き込まれる元軍人を主人公にした傑作です。

 

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