みなさま、こんにちは。
 今年も折り返し地点をすぎました。だれにもきかれてないけど、2019年上半期、というか2018年11月からはじまる翻訳ミステリー大賞年度に出た作品のなかで、わたしのベスト3は、アレン・エスケンス『償いの雪が降る』、ジョーダン・ハーパー『拳銃使いの娘』、ジョーン・リンジー『ピクニック・アット・ハンギングロック』(順不同)。でも、今回ご紹介するソフィー・エナフの『パリ警視庁迷宮捜査班』とロバート・クレイスの『指名手配』もくいこんできそう。夏秋には毎年各出版社から話題作が続々とリリースされるのでまだわかりませんが。
 それはそうと、書評七福神も参加された先日の「2019年上半期ミステリー総括」イベント、行きたかったなあ……
 では、六月の読書日記です。

 

■6月×日
 韓国コンテンツ振興院の支援を受け、「ストーリー作家デビュープログラム」によりデビューしたイ・ドゥオンは、1985年生まれの女性作家。そのデビュー作『あの子はもういない』は、最後までパワー全開で突き進む、魅力の詰まったスリラー作品だ。

 刑務官採用試験の受験生ユン・ソンイは、長い間会っていない高校生の妹チャンイの行方を刑事から問われる。チャンイは同級生の少年ソ・ユンジェが不審な死を遂げたのと同じころ、忽然と姿を消していた。ソンイはユンジェの父親と名乗るソ・ヘスンとともに妹を探そうとする。

 ひと頃テレビ界をにぎわせた青春スターを両親に持つ姉妹は、かなりゆがんだ育てられ方をしている。つねに子供たちより自分たち優先の両親は、落ち目になると人気リアリティ番組「ミリオン$(ダラー)キッズ」に我が子とともに出演することで再起を図ろうとし、愛らしい四歳のチャンイはその番組で人気を博す。ところが、その番組のせいで姉妹のあいだに壁ができ、母の死後ソンイは祖父母に引き取られ、チャンイは父と暮らすことになったのだった。以来十年、姉妹は一度も会っていなかった。

 六歳ちがいの姉妹はよく似た顔立ちをしていたが、ぎこちない態度しかできない姉とちがって、妹のチャンイはどうすれば可愛がられるかを本能的に知っていた。そのため、一躍有名子役となったチャンイは、知らない人から無条件に優しくされたり、プレゼントをもらったりするかと思えば、逆に一方的な愛情の見返りを求められたりした。凡人である姉のソンイは、そんな妹を羨ましく思うと同時に疎んでいた。だが、まだ十七歳の妹が失踪したとなれば、心穏やかではいられない。しかも、父親と暮らしているはずの妹の家であるものを発見してしまい、姉の心配は加速する。

 ソンイとチャンイの姉妹の家庭環境、一家を変えた「ミリオン$キッズ」にまつわるある出来事、姉の知らない妹の生活、やがて明らかになる恐るべき真実。どれをとってもおもしろすぎる。底知れないチャンイのキャラのせいで、物語は複雑化していくのだが、そうなった経緯を考えると怖い。妹をずっとほったらかしにしてきたため罪悪感を覚えているソンイが探偵役となって、何やらワケありのヘスンとともに、チャンイが巻きこまれた事件の真相に迫る過程はハラハラドキドキの連続で、震えるほどおもしろかった。まさに一気読み案件。最後のほうはもうぐちゃぐちゃのドロドロで、とにかくすごい破壊力。なのに再生を感じさせるラストは妙にさわやかだ。すごいものを読んでしまった。

 

■6月×日
 個人的に韓流ブームがきている。『82年生まれ、キム・ジヨン』のあとはぜひこれを、と勧められて読んだのが『ヒョンナムオッパへ』だ。サブタイトルは「韓国フェミニズム小説集」で、韓国の定評ある女性作家たちの書き下ろし作品が集められている。収録作品はチョ・ナムジュ「ヒョンナムオッパへ」、チェ・ウニョン「あなたの平和」、キム・イソル「更年」、チェ・ジョンファ「すべてを元の位置へ」、ソン・ボミ「異邦人」、ク・ビョンモ「ハルピュイアと祭りの夜」、キム・ソンジュン「火星の子」。フェミニズムという同じテーマでも、各自まったくちがう攻め方をしているのが興味深く、韓国人作家の多様性がビシバシ伝わってくる作品集だ。

『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者であるチョ・ナムジュによる表題作や、「あなたの平和」の攻め方はわりとシンプル&ストレートで、女性の弱い立場はこうして作られるのだと示し、それがあたりまえの世の中に問題を投げかける。おっとりとしたやわらかな口調で延々とオッパをディスる「ヒョンナムオッパへ」の高度なテクニックににやりとさせられた。

 妻であり母である「更年」の主人公は、初潮を迎えた娘に、世の中のありったけの不当さ、辛さがとうとうあなたにもやってきたのよ、と言いたいけれど言えない。切なすぎて胸が痛くなった。しかもその娘のことで、夫は妻に「女は何より、きれいじゃないと。あの子もいずれ、あごをちょっと削って二重まぶたにしてやればいい」と言う。なんとなく知ってはいたけど、女の価値は見た目という男尊女卑に通じる考え方が韓国ではここまで強いのかと、あらためて驚かされた。

 印象的だったのは、ありがちな男女の役割を入れ替えているのにパロディ調のおふざけは皆無で、複雑な謎解きにも挑戦したゴリゴリのノワール警察小説「異邦人」と、セクハラ加害者たちを世にも恐ろしい方法で血祭りに上げる、先が読めないホラー・ファンタジー「ハルピュイアと祭りの夜」。後者はKu Too問題にもちょっと通じるところがある。

 各作品のあとには「作家ノート」という作家による解説がついていて、その作品を書くに至った経緯や作品にこめた思いがつづられているのだが、その書き方や内容がまたみんな個性的で味わい深い。作家たちは1975年から1984年生まれと年齢こそ近いが、フェミニズムに対する考え方も、表現方法もまたそれぞれで、韓国文学への興味がますますわいてきた。

 社会がなかなか気づいてくれない女性の生きにくさを、声高にではなく、ソフトに、そして印象的に表現。これぞ攻めのフェミニズム。でも、意外と頭でっかちではなく、エンタテインメントとして秀逸なので、どんな人でも楽しめると思います。男性にもぜひ読んでもらいたい。

 

■6月×日
 舞台はイギリスの田舎の村、ロンドンからやってきた美術教師のミス・シートンが、詮索好きな村人たちに悩まされながら、自分でもよくわからないうちに、なぜかこうもり傘と絵で事件を解決してしまう、というシリーズを二作つづけて読んでみました。著者のヘロン・カーヴィックは俳優としても活躍した人だそうで、一九六八年に一作目を発表し、五作目まで出したあと、一九八〇年に交通事故で死去。十年後にアメリカで再出版されて人気を博し、ハンプトン・チャールズが、その死後はハミルトン・クレーンが引き継いで書いているというユニークなシリーズです。

 一作目の『村で噂のミス・シートン』では、ミス・シートンがたまたまロンドンで殺人事件の目撃者になってしまい、持っていたこうもり傘で犯人を撃退、犯人の似顔絵を書いて警察に協力したところ、新聞に書き立てられてしまいます。翌日からは名付け親が遺してくれたケント州の村のコテージで休暇を楽しむ予定だったミス・シートンは、新聞に載ったおかげで到着まえからすっかり有名人になり、あることないこと噂され、誤解されてすごすことに。

 村人たちが予想外にパワフルで、妄想力も半端なくて、読んでいてたじたじとなったけど、悪意が感じられるギリギリの線で踏みとどまっているところがお見事。でもいちばんおもしろいのは、ミス・シートンが何をやるにもまったく無自覚なこと。年齢や容姿についてはとくに書かれておらず、わかっているのはけっこうなお年らしい(といってもアラ還ぐらい?)ということと、不思議な絵を描くということぐらい。しごく常識的で堅実な婦人なのに、まわりの人たちは彼女に振り回され、〈御神託〉ことロンドン警視庁のデルフィック警視にもなぜか一目置かれています。ちなみに、〈御神託〉から見たミス・シートンのイメージは「みんなの良心」「永遠なる未婚のおばか、いとこか、姉」といったところ。善良なる市民の代表であるミス・シートンのことが理解できなければ、刑事として大成しないぞ、と部下にアドバイスしています。

 二作目の『ミス・シートンは事件を描く』も負けず劣らずおもしろい。また絵を描くことで警察に協力したミス・シートンが、なぜか逮捕されたと噂になってしまい……おなじみとなった村人たちはもちろん、警察までがまた無自覚なミス・シートンに振り回されて、村はふたたび大騒ぎとなります。事件そのものはコージーらしからぬヘビーな案件なのに、不思議とゆるーい感じで話が進み、村人との攻防も相変わらずユーモラス。絵を描こうとするとなぜか不気味な絵になってしまうミス・シートンの不思議な才能(?)が、事件とどうからんでくるのかも読みどころです。

 ヒロイン、村人たち、警察のあいだの絶妙な距離感というか、もっと言っちゃうとすれ違い具合が最高におもしろいシリーズ。二作つづけて読んでも全然飽きません。作家が変わると内容がどう変わっていくのかとか、これからの展開に興味津々です。

 

■6月×日
 ドラマのような設定と絶妙なユルさとクセが強いキャラクター。わたしの好みにどハマりのシリーズが登場した。ソフィー・エナフの『パリ警視庁迷宮捜査班』だ。

 至近距離で犯人を撃って六カ月の停職処分となったパリ警視庁警視正のアンヌ・カペスタン。復帰した彼女は、警察の厄介者を集めた特別班の指揮を任される。メンバーは、相棒がかならず死ぬという〝死神〟や、アルコール依存症にギャンブル依存症、スピード狂に刑事ドラマの脚本家など、訳ありの面々ばかり。パリ警視庁から離れた、案内板もインターホンもないアパルトマンの最上階にオフィスをあてがわれた特別班は、迷宮入りしていた二件の殺人事件の再捜査に乗り出す。

 裏表紙にも書いてあるけど、厄介者を集めて班を作り、迷宮入りした事件を掘り返すって、これ、言われなくてもフランス版『特捜部Q』ですね。『特捜部Q』はカールとアサドとローセの三人だけだけど、こちらはなんと名簿上では四十人。でも実際に稼働しているのは八人ぐらいかな。普通ならまちがいなく一匹狼になりそうな「クセが強い」人たちばかりの寄せ集めなのに、びっくりするほどチームワークがよくて、逆に精鋭を集めてもこうはいかないのではと思うほど。そして、なんなんでしょう、このユルさ。班長のカペスタンがメンバーにそれほど期待をかけてないのか、あんまりカリカリしてなくて、それほどストレス感じてなさそうなのもいいんだよね。

 そのヒロインのカペスタンが、またなかなかの逸材でして。「二〇〇〇年のシドニーオリンピックのピストル射撃で銀メダルを獲得」なんてエピソードの持ち主なのに、とある事情でピストルを眺めることさえ許されないし、負けず嫌いで「ナポレオン連隊よりプライドが高い」クールビューティーなのに、大好きな刑事ドラマ(特別班メンバーのロジエール脚本)を見るときは「ソファの上に正座」するとかかわいすぎる……まさにギャップの女王。とくにドラマ好きなところが個人的にツボです。とっつきにくそうでいて、意外とフレンドリーなルブルトンや、いじけ虫で精神を病んでそうなのに意外と話好きなトレズとか、ほかのメンバーも意外性のあるキャラクターばかり。そして、なんとかわいすぎる警察犬(?)もいます。

 それにしても、展開や描写がまじめになればなるほど笑えるのはなぜだろう。捜査はみんなけっこうまじめにやってるのに……絶妙な抜け感のせいかな? このオフビート感はやはり『特捜部Q』シリーズを思わせる。とにかく、こういう感じ、大好物です。これが「笑ってはいけないパリ警視庁」だったら即「上條、アウトー!」だな。
 とにかく、クセが強くてクセになる

 

■6月×日
 映画化されて話題になったアンディ・ウィアーの『火星の人』みたいなやつをよろしくね、とオファーされて『火星無期懲役』を書いたというS・J・モーデン。フィリップ・K・ディック賞を獲ったこともある大御所なのに、ぽっと出の作家(失礼!)の後追い的なことをしろと言われて、むっとしなかったのだろうか。「あ、いいっすよ」という感じだったのだろうか。それとも、「目にもの見せてやる!」と力がはいったのだろうか。
 そんな経緯で生まれたのが、火星を舞台にしながら『火星の人』とはまったくテイストのちがう、緊迫感漂うサスペンスSF。究極のクローズドサークルで人が次々に死んでいき、素人探偵が謎解きをするという、ミステリの王道のような作りで、ミステリファンにもお勧めです。

 時代は今世紀半ばの二〇四〇年代。囚人がリクルートされ、普通なら五年くらい訓練しなきゃならないところ、数ヶ月の地獄の特訓ののち、火星に飛ばされる。NASAの基地を建設するためだ。選ばれたのは元工務店経営者、元医師、元運転手など七人。読んでいくうちにそれなりに吟味された人選だということがわかってくるのだが、いくらなんでも七人じゃ少なすぎるのでは? というのも、このプロジェクトを請け負った民間企業がものすごいケチで、囚人の人権なんてまったく眼中にないのだ。しかも、囚人たちはひとり、またひとりと命を落としていく。火星での過酷な生活のせいか、それとも参加者(囚人)+監視人のなかに殺人者がいるのか? 息子のために殺人を犯してこのプロジェクトに参加したフランクは、囚人たちのリーダー的な役割を務めつつ、謎の死を解明する探偵役も請け負うことになる。

 五十歳のフランクは殺人罪で懲役百二十年の宣告を受け、カリフォルニア州の刑務所で生涯を終えるか、火星で生きるかの決断を迫られるのだが、火星行きを決意する経緯が泣ける。火星に行ってからはあまりにもやることが多くて感傷に浸っていられないが、それがよかったのかも。「自分がこの生活にあっという間に慣れてしまったのに驚いた」とも言っていて、フランク順応性がすごいです。だってほんとに過酷なのよ、火星での生活って。

 例によってSF脳を搭載していないため、ちょっと心配していたけど、杞憂でした。前半は火星での生活や作業の様子が事細かに描かれているので、丁寧にじっくり読む必要があったけど、後半は息詰まる人間関係と背後に見え隠れする陰謀が気になりすぎて、壮絶なラストまでノンストップで読んでしまった。読みながらだんだん息苦しくなってきて、地球には空気があってよかった!と思ったわ(ちょっと大げさ)。

 火星の不思議な美しさを愛でるシーンもあるけど、宇宙開発もそう遠くない未来にこんな局面を迎えるのかと思うと、夢が広がるというより怖い。そういえば、J・D・ロブの〈イヴ&ローク〉シリーズでは、刑務所が地球外にあって、囚人は宇宙に送られてたなあ。あれはたしか二〇五〇年代だったか……

 

■6月×日
『容疑者』『約束』のスコット&マギーのコンビもよかったけど、個人的には待ってたよ〜〈私立探偵コール&パイク〉シリーズ! 『約束』で久しぶりに再会できたコールとパイクにまた会えるだけでもうれしいのに、『指名手配』では全編にわたってふたりのバディぶりを楽しめて大満足でした。

 シングルマザーのデヴォンは、急に金回りのよくなったひとり息子のタイソンを心配して、真相を調べてほしいとコールに依頼する。タイソンが犯罪に手を染めていたことがわかり、自首を勧めるコール。ところがタイソンは共犯者の少女アンバーとともに逃走。ふたりの行方をさがすうちに、警察を名乗る謎の大男二人組の存在が明らかになる。

 心に傷を負った人や不器用な人間に向けるまなざしがやさしくて、でもお涙頂戴ではなくてカラッとしていて、いかにもカリフォルニアって感じ。

 それにしても、エルヴィス・コールって、こんなにかっこよかったっけ? おだやかで冷静で、料理はできるし、実の子はいなくてもよき父親になれちゃうし、絶対に女性を蔑みの目で見ないし、もちろん強くてやさしいし。女性キャラがみんな好きにならずにいられないのもわかるわ。パイクともどもヴェトナム帰還兵なので、それなりの年齢のはずだけど、今回わたしはなんとなく四十代後半ぐらいの感じで読んでました。ちょっと若すぎ? でも、「フィクションの世界の住人は現実の世界と歳のとり方がちがう」そうなので、みんな好きな年齢をイメージすればいいんじゃないかな。そのほうが妄想も楽しいしね。

 そして忘れちゃいけないのが、存在感ありまくりの悪役コンビ、ハーヴェイ&ステムズ。「まあまあかっこいい」のは意外だったけど、それぞれのこだわりがシュールすぎるのになぜか説得力があって、「お、おう」となってしまうのがなんかくやしい。でも、おもしろい。コールとパイクにも負けないほどの信頼の絆で結ばれているところとか、お互いにリスペクトし合ってるところも、なんだかにやにやしてしまいます。

 みんな大好きわんこのマギーは出てこないけど、コールが飼っている、というか同居している黒猫さんがいいぞ。コールとパイク以外には懐かないところとか、正しくツンデレで。

 あとはパイクの出番がもう少し多かったら文句なしだったな〜と思っていたら、次はパイクがメインですってよ、奥さん! 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書は〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ19巻『ウェディングケーキは待っている』。7月22日にリンゼイ・サンズの〈新ハイランド〉シリーズ最新刊『忘れえぬ夜を抱いて』が出ます。

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