毎年、中国内外の出版社が様々な書籍を販売し、各ジャンルの有名作家をゲストに招く「上海ブックフェア」が8月14日から20日に開かれます。昨年はメイン会場とサブ会場合わせて述べ約98万人が訪れた上海ブックフェアの目玉はいくつかありますが、以前に観覧したことがある私が思う最大のイベントは、国内外の有名作家のサイン会です。例えば、最近日本でも特に有名な中国SF小説『三体』の作者・劉慈欣先生のサイン会が2016年に開かれたときは、サインを求めに数千人が並んだそうです。

 ミステリー小説読者向けのサイン会も主に中国の新星出版社によってちゃんと用意されており、2014年には島田荘司先生と麻耶雄嵩先生が、2016年度には伊坂幸太郎先生がゲストとして出席し、サイン会を開きました。どちらも「大盛況」で、伊坂先生のときは950人余りがサインの列に並んだとのことです。また、新星出版社と関係が深い中国人ミステリー小説家のサイン会やトークショーも上海市内で行われ、作家と読者の距離の近さが感じることができます。

 そして今年は4年ぶりに島田荘司先生のサイン会が開かれます。スケジュールとしては、17日にブックフェア会場の友誼会堂(有名作家のサイン会が行われる場所)でサイン会、18日に上海市内の本屋でトークショー?兼サイン会ということで、「推理之神」に2日間も会えるチャンスが生じて、中国のミステリー読者たちが俄然盛り上がりを見せています。

 また、ミステリー関係のイベントとしては、18日に『給孩子的推理故事』(子どもに読ませる推理物語)新刊発表会が開かれ、その掲載作家数人と編集者の華斯比のトークショー兼サイン会が行われます。

 日本からは他にもカメラマンの都築響一氏や作家の森見登美彦先生が来られるそうで、日本に興味を持つ中国人にとって面白いブックフェアになりそうです。私は上海に行くかどうかまだ考え中です。


 さて本題。7月24日に、2015年の第4回島田荘司推理小説賞を受賞した『黄』の和訳版が出版されることになっていますが、その作者・雷鈞氏の短編集『殺人遊戯』(殺人ゲーム)が5月に出版されました。それぞれ「ゲーム」を題材にした5篇の作品からなる短編集で、北京で探偵事務所を開いている夏亜と探偵役の方程が様々なゲームのルールや方法、知識などを下敷きにしながら殺人事件を解決する話です。収録されているのは『殺人殺人ゲーム』『殺人幽霊屋敷かくれんぼ』『殺人チェス』『殺人密室脱出ゲーム』『殺人オンラインゲーム』の5つ。

『殺人殺人ゲーム』は、中国で最近流行っている殺人ゲームという、犯人役、被害者役、裁判官役や事件が発生するシチュエーションを決めて架空の殺人事件を進行するゲーム中に本当に殺人事件が起こってしまう話。『殺人幽霊屋敷かくれんぼ』は、子供時代の夏亜が幽霊屋敷でかくれんぼする中で体験した不可思議な話を方程にするうちに、その幽霊屋敷で本当の殺人事件が起こっていたことに気付く話。『殺人チェス』は、殺害されたチェスマニアがチェスの駒にダイイングメッセージを残していたため、チェスの各駒から名前を付けられた4人の子供たちが疑われるという話。『殺人密室脱出ゲーム』は、またしても中国で有名な密室脱出ゲーム中に本当に密室殺人事件が起きる話。『殺人オンラインゲーム』は、オンラインゲームのレアアイテム売買がきっかけで実際に死亡事件が起きるという話。

 どの話も身近なゲームを題材にしていて、現代中国の社会要素を若干反映しているので地に足がついた読み応えがあり、そしてどれも後味が悪く、事件解決後にちょっとモヤっとする結末が用意されており、あくまでも民間人で犯人を捕まえるのが仕事ではない探偵という立場を鮮明にしています。

 5作目の『殺人オンラインゲーム』は、ネトゲというこれまで幾度も小説のネタとして扱われたであろうコンテンツで、ハイテク要素などは特に使わずチャットやログイン状況を利用したトリックを使い、更に次から次へとパソコンの外にある真実が明らかになるという話。そのネトゲの世界では唯一で、リアルマネートレードでも高値が付いている超レアアイテムがとても安い価格で売買された。しかしアイテムを売った方は、買った方が自分のアカウントに不正アクセスしたと主張し、アイテムを返すように訴える。しかしゲーム内でもすでに売買が成立してしまっているため、売り手は買い手の不正アクセスを確かめるために夏亜たちに調査を依頼する。しかし後日、墜落死したのは売り手だった。買い手にはアリバイがあったが、方程は彼を「共犯者」と指摘するのだった。

 典型的なお金が絡んだ事件であり、リアルマネートレードが存在するネトゲを使って金銭目的という犯行動機を隠すその方法が秀逸でした。動機が明らかになってもそこから次々に新たな真相が明らかになり、事件が終わってもまだ最後に謎を持ってくるという、伏線の張り方と真相の出し方にはすでにベテラン作家のような余裕すら感じます。

 7月に和訳が出る『黄』は、4回の島田荘司推理小説賞で初めて中国大陸の作家勢が受賞した作品です。中国で実際に起きた男児眼球くり抜き事件をもとにした叙述トリックの傑作が、日本でどのように受け入れられるのか非常に興味があります。

 

阿井幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)

現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)






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