全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 
 みんな大好き『IQ』の続編、ジョー・イデ『IQ2』(熊谷千寿訳/ハヤカワ文庫)が出ましたよ!


 アイゼイア・クインターベイ――通称IQ――は、LAのサウス・セントラル地区に住むアフリカ系アメリカ人。17歳の時にたった一人の身内である兄を亡くし、生きるためにささやかな悪事に手を染めたこともありましたが、ある時を境に、地域密着型何でも屋兼名探偵の道を歩むことに。その天才的な頭脳と推理力で、地元のトラブルを解決しています。

 今回のアイゼイアの依頼人は、最愛の兄マーカスが死ぬ前につきあっていた女性サリタ。依頼内容は、ラスベガスで面倒なことに巻きこまれ、緊急の助けを求めてきた腹違いの妹の救出でした。慎重すぎるほど慎重で、ある意味融通がきかない性格のアイゼイアのこと、普通なら即座に退けるたぐいの依頼でしたが、実は彼はマーカスに紹介された時からサリタにほのかな恋心を抱いていたのです。久しぶりに会ったサリタは以前よりもさらに魅力的になっていて、この事件をスマートに解決したらサリタとつきあえるかも! とバラ色の未来を予感したアイゼイアは、無料でも構わないと即座に引き受けました。

 前作を読んだ人なら、「へえ? あのアイゼイアがねえ」なんて、まるで親戚みたいに、予想外のアイゼイアの一念発起に驚きながらも微笑ましい気持ちになるのでは。180センチのストイックな痩身、“天気が荒れるのを待っているような顔”とまで言われた、つねに深刻な表情をまとった26歳にやっと若者らしい感情がわいてきたことにほっとします。というのも、アイゼイアにはマーカスを失った悲しみが常にあり、ときおりその痛みが激しくぶりかえして読者を心配させるのですが、本書ではアイゼイアはマーカスを轢いて逃げた相手の車を8年かけて執念で探し出し、その結果、衝撃の事実を知ってしまうのです。

 物語は、サリタの妹ジャニーンの救出劇と、マーカスのひき逃げ事件の真相解明が並行して描かれます。前作の音楽業界の連中の胡散臭さもかなりのものでしたが、今回登場するギャングたちや悪徳金貸しは凶悪度でパワーアップ! しかしそれ以上に、トラブルの原因となったジャニーンの彼氏ベニーのダメっぷりには相当イライラ。ギャンブル中毒のベニーは暴力こそふるわないものの、クラブで売り出し中の人気アジアンDJとして彼女が稼いだお金を博打につぎ込み、どんどん借金を増やしたことが事件の発端でした。
 
 ラスベガスでの救出作戦はどう考えても荒っぽい展開が予想されるため、アイゼイアは腐れ縁の相棒ドッドソンに手伝いを頼みます。前作で一緒に活躍したにもかかわらず、それ以来なんとなく距離を置いてしまっていた二人。以外にもドッドソンは堅気の人生を選び、そこそこ人気のあるフードトラックを経営していました。しかもあと数日でパパになるという生涯の一大事を控え、出産に立ち会わないと最愛のパートナーに殺される(?)と訴えるドッドソンでしたが、迫り来る育児費用のためにアイゼイアとラスベガスに向かいます。
 
 アイゼイアの初恋とドッドソンの猛アタック、それぞれの恋バナが描かれるという予想外の本書ですが、特に前作と比べて大人になったドッドソンにはびっくり。素敵なパートナーのおかげか、サリタと電話で話すアイゼイアの恋心もお見通しで、アドバイスをするくだりでは余裕すら感じさせます。

ドッドソン「熱を上げてるやつなんか、おれなら見ればすぐわかる」
アイゼイア「熱など上げていない」
ドッドソン「ほんとかよ? ならなんで『CSI』みたいな話し方してたんだ? 心配してほしかったから、必要最低限のことしか伝えなかったんだろ」

 腐れ縁でもさすがのバディ! そして意外なほど繊細な指摘! ……にしても、この『CSI』ってやっぱりマイアミのホレイショのことですか?(笑)

 ギャンブル中毒者の借金地獄に端を発したこの事件は、中国系やメキシコ系のギャング団が入り乱れ、クライマックスはタランティーノかロドリゲスもかくやの激しいドンパチアクションが繰り広げられます。と書くと本書はアクション作と思われるかもしれませんが、マーカスの死をめぐり、遺留品や関係者の聞き込みから見事な推理を働かせ、たどりついた真相はほろ苦くも見事な結末を迎えます。果たしてアイゼイアの初恋は実るのか、ドッドソンは我が子にラッパーの名前を付けることができるのか。その答えは本書で!


 今回ご紹介する映画は、オバマ元大統領が選んだ去年のベストムービーの一本でもある、8月30日(金)公開の『ブラインドスポッティング』。サンフランシスコのオークランドを舞台に、アメリカが抱える深刻な問題をラップのリズムに乗せてすべての観客に訴えかける、パワフルでエネルギッシュな作品です。

【ストーリー】
 傷害事件で起訴された黒人のコリン(ダヴィード・ディグス)の指導監督期間は残り3日間。あと3日、何事もなくやり過ごせば無事に自由な人生に舞い戻れるのですが、親友の白人マイルズ(ラファエル・カザル)はそんなコリンの心配をよそに、危ないことをやりたい放題。施設に帰る途中、信号待ちをしていたマイルズのトラックの前に突然黒人男性が現れて走り去りますが、その後ろに彼を追いかける白人警官の姿を見つけ……。



 メキシコ・シティ出身で12歳でアメリカに移住してきたカルロス・ロペス・エストラーダを監督に据え、ベイエリアの高校以来の親友であるラッパー兼俳優のディグスと、スポークン・ワード・アーティストで脚本家のカザルが主演及び共同で脚本を担当したこの作品は、残りの3日間をトラブルなしで過ごせるかというサスペンスで始まりますが、次第にそれが主軸ではないとわかります。深刻な出来事が次々に起こり、観客は自分ならどうするか、登場人物にどう接するべきかなど頭の中でせわしなく考えをめぐらしている間、セリフは詩となり、ラップのリズムを伴った生きた言葉がスクリーンに叩きつけられます。

 劇中で起こるのはどれも荒唐無稽な事件ではありません。だからこそ恐ろしく、目を背けてはならないとこの映画は教えてくれます。


 そして本作と一緒に絶対に薦めたいもう一冊が絶妙なタイミングで刊行されたので、あわせてご紹介します。ジェイソン・レナルズ『エレベーター』(青木千鶴訳/早川書房)です。

 兄を射殺された少年が、復讐に向かうためにエレベーターで階下に降りようとすると、各階で扉が開き、そこにいるはずのない人々に出会います。彼らは何のためにそこにいるのか。何を少年に語りかけるのか。少年の怒り、悲しみ、恐怖、迷いが詩となって、エレベーターの小さな空間に浮遊します。それらがタイポグラフィーで表現され、傷だらけの壁を模したページに刻まれるという、斬新でとても凝ったつくりの美しい本です。

 主人公ウィルと前述のアイゼイアは、兄を殺されて復讐を決意します。『ブラインドスポッティング』のコリンも、クライマックスである状況に立たされます。この三人に共通して必要なのは、一旦立ち止まって考えること。彼らのような深刻な立場でなくとも、たとえばSNSなどで無責任にそそのかされた時、まずは自分の頭で考えて、それが本当に正しいかを冷静に見極めることが大切だということが、物語を通じて伝わってきます。これこそがフィクションの力ではないでしょうか。

『IQ』シリーズが好きな人、『ブラインドスポッティング』に心を揺さぶられた人、『エレベーター』のラストで衝撃を受けた人は、この三作のうち、ぜひもうひとつを試してみてください。より理解が深まって、もっと好きになると思いますよ!

■映画『ブラインドスポッティング』予告篇■


『ブラインドスポッティング』
🄫 2018 OAKLAND MOVING PICTURES LLC ALL RIGHTS RESERVED
8月30日(金)より新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほかロードショー
配給:REGENTS

BLINDSPOTTING.JP

 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓恵訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho









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