中国で7月に「子どもに捧げる推理物語」というタイトルの短編推理小説集『給孩子的推理故事』が刊行されました。編者の華斯比はこれまでも『中国懸疑(サスペンス)小説精選』などの短編集を編纂したことがあり、中国のミステリー業界に精通している人物の一人です。

「殺人なし、犯罪なし」がテーマの、いわゆる「日常の謎」を集めた本書は、タイトル通り子どもを対象にしており、児童書のジャンルに含まれるでしょう。しかし作家陣はいずれも有名なミステリー小説家ばかりであり、決して子供だましや幼稚な作品が集められたわけではないことが分かります。

 今回は『給孩子的推理故事』に収録されている各作品の簡単なあらすじを紹介すると共に、華斯比から特別に話を聞き、短編集を出した理由や中国の児童書に関する環境を語ってもらいました。

■まずは各収録作品について■

 鶏丁(孫沁文):『彼岸的心』(彼岸の心)
 隣人のシングルファザーから、息子の様子がおかしいという相談を受ける。窓から外に出ているようだし、毎日炭酸飲料を欲しがるのに、それを飲んでいる様子もなければ、部屋から空きペットボトルも見つからない。息子が父親のために部屋の中で企んでいることとは? 中国の「密室の王」が放つ「密室もの」だ。

 段一:『国王的遊戯』(国王のゲーム)
 探偵業を営む男のもとに遺産継承問題の依頼がやってくる。父親が残した莫大な遺産を継げる人物は、期限内に大富豪が残した謎を解き、パスワードを入力した者だけ。パスワードのヒントであるメッセージがトランプと関係があることを突き止めた探偵はパスワードを入力するのだが……

 林斯彦:『聖誕夜奇跡』(クリスマスイブの奇跡)
 毎年、サンタクロースからプレゼントをもらっていた少年は、サンタの存在を否定するクラスメイトたちをクリスマスイブに家に招き、サンタからプレゼントをもらってサンタの存在を証明する。時が経ち大人になった少年は、サンタの正体が「父親」だということを知ったが、当時父親は少年たちのそばにいて、プレゼントが置かれた部屋は密室だった。そこで彼は、サンタ探しを探偵に依頼する。

 謝柯盼:『山狐』(山狐)
 子供の頃、山で空を飛ぶ女性に出会った経験を語る友人。彼はそれを人間に化けた狐だと信じ込んでいた。探偵役は、彼から当時の話を詳細に聞き、その女性の正体、そしてその時その山で何が起こっていたのかを明らかにする。

 言桄:『遠島方舟』(遠い島の方舟)
 約20年前、同級生と一緒に小島の学校へボランティアをしに行った大学生は、そこで次々と不可解な出来事に遭遇し、生きて帰れないのでは、という不安に苛まされる。島民たちのことを信じられなくなった大学生はついに、島に一緒に来た女友達よりも先に島を脱出し、警察に通報する。だが警察から、島ではこれまで事件らしい事件が起きておらず、また女友達も島から出たくないということを告げられる。それから約20年が過ぎた。あの時、島で起きた出来事の数々は一体何だったのか。

 張小猫:『猫咪之夜的謎団』(猫ちゃんの夜の謎)
 猫好きが集まるパーティで盗難事件が起きた。盗まれたのは、パーティの主催者が飼っている猫の首にかけられていたメダル。金銭的な価値は何もないが、パーティが停電になっている間に猫の首からなくなっていたのだ。メダルを盗んだ犯人の目的を、名探偵めいた雰囲気の喫茶店の店長が暴く。

 徐俊敏:『愛語天機』(愛の言葉の秘密)
 古墳から見つかった絹帛には彦星が織姫に当てた恋文のような詩と、ところどころ読めなくなっている短い文章が書かれていた。その詩には円周率を使って解く暗号が隠されており、古墳の主と詩の作者の正体が浮かび上がる。

 青稞:『尋狗事務所』(犬探し事務所)
 大学に設立した探偵サークルに犬探しの依頼が舞い込む。ちゃんとしつけたはずの犬が人を噛み、突然消えていってしまったのだ。しかし話を聞くうちに、犬が逃げた原因はそのしつけにあることを突き止める。

 王稼駿:『亜斯伯格的双魚』(アスペルガーの双魚)
 驚異の記憶力を持ち、一度喋り出したらなかなか止めない性格の少年のもとに女性から電話が来るようになる。少年は、自分の名前を知っていて、いろいろなことを話してくれる女性のことを自分の母親ではないかと思うようになる。事件らしい事件は本当に何も起こらず、少年の正体、少年と父親の関係、少年を見守る「女性」の正体が読み進めるうちに分かってくる叙述もの。

 時晨:『弄脏衣服的人』(服を汚す人)
 探偵・助手コンビの小学生時代の回想話。クラスメイトが密室となっている体育器材室から消え、出てきた時には服がとても汚れていた。彼はどうやって部屋から出てきたのか。そして、服が汚れていた原因は?

 

■華斯比のインタビュー■

1.子ども向けの短編推理小説集を出そうと思った理由は?
 中国の図書市場における推理小説の大部分は大人向けであり、それに比べると子ども向けの推理小説は決して多くありません。特に「本格」的な子ども向けミステリーなら尚更です。
 一部の児童文学作家は推理小説が得意というわけではなく、「トリック」の構想や設定では特に顕著になります。子どもに読ませるものだから「ミステリー」をそこまで真面目に書く必要はないし、適当に済ませれば良いと考えている作家もいます。トリックが思い付かないから『名探偵コナン』をパクった、という話もあります。
 中国では、ごく一部の作家のみが真剣な態度で子ども向けミステリーを書いているというわけです。最も有名なのが、「少年本格推理」の執筆を自分の責としている謝鑫(代表作:『課外偵探組』シリーズ)です。
『給孩子的推理故事』に収録されている作品は、もともと子供向けに書かれたものではなく、大人向けに書かれた作品の中から子どもが読むにふさわしい作品を選び出しました。ポイントは「犯罪がないミステリー」と「日常の謎」で、作品の中では家族愛や友情、そして一般常識に触れています。

2.この本の製作を構想したのはいつですか? 何かきっかけが?
 2018年10月に、中信出版社(中国の大きな出版社の一つ)からSF小説家の劉慈欣と韓松による『給孩子的科幻』(子どもに捧げるSF)が出版されたのを見て、『給孩子的推理』(子どもに捧げる推理)は誰が作るんだ? とSNSでつぶやいたのがきっかけです。
 その夜、漫娯図書(中国の雑誌会社。本書の出版社の一つ)の編集者から、『給孩子的推理』を作ってみないかという連絡が来ました。2日ぐらい考えて大筋を決め、選ぶ作品の基準を決めました。できる限り殺人を描かず、犯罪がなく、「日常の謎」を重視し、面白みがあって論理的な解決にこだわり、幼い読者が「ミステリー」の魅力に気付くような作品です。
 選定には1カ月ぐらいかかり、最終的に10人の作家による10作品を選びました。各作品の表紙に手描きのイラストを載せ、末尾に解説を載せました。そして、本の冒頭には簡単なリード文を書きました。

3.作品はどのような基準で選びましたか?
 最終的には自分が読んで決めましたが、作者による「自薦」ももちろんあります。希望通りの作品が見つからなかった時は、作家に連絡して書いてもらう約束を取り付けました。本書に収録されている作品のほとんどは、以前雑誌上で発表された物で、書き下ろしは非常に少ないです。
 実際、本書を編纂するのはとても骨が折れました。
 まず、読者を「子ども」に設定したことで(現在の反響から見て、読者の大部分は小学校高学年及びそれ以上)、全てが大変になりました。殺人や犯罪は最大のタブーです。「日常の謎」作品を選んだとしても、中に校内暴力やいじめ、カンニング、万引きや窃盗、未成年恋愛など、保護者の目から見て「不良」要素がある内容もまとめて放棄しなければならず、推理小説を最大限「純潔化」しました。
 また、中国では「日常の謎」を書く作家がもともと非常に少なく、面白い物語を書ける人物が更に少ないです。そのため、原稿を選別できる範囲も狭かったです。

 


 8月の上海ブックフェア期間中、上海図書館で本書の宣伝&トークショーが行われた。現場では親子連れの来場者も目立った(写真右から華斯比、時晨、鶏丁)。

4.自身が子どもの頃と比べ、現在の子どもを取り巻く読書環境はどうですか。
 自分の経験から見て、現在の読書環境は決して友好的なものではありません。
 まず、国家の出版政策においては犯罪や暴力要素のあるミステリー・サスペンス小説などに比較的厳しい審査が行われ、若者に犯罪を教唆したり、若者が犯罪を模倣したりするなど、マイナスの影響を出さないようにしています。
 それから、保護者は子どもの心と体の健康を守るため、子どもが幼いうちに殺人や犯罪を描いた文学作品に触れさせないようにしています。もちろん、ここには保護者による推理小説への誤解や偏見もあります。推理小説はどれも殺人や犯罪と関係があるに違いないと思われていますが、それらは推理小説をまとう衣に過ぎず、推理小説の最も魅力的な部分はロジックや謎解きの面白さにあります。
 我々が子どもの頃(華斯比は現在33歳)に推理小説に触れたばかりの頃、『シャーロック・ホームズシリーズ』によって多くの人間がミステリーの啓発を受けました。いま思い返してみると、我々も子どもの頃から「殺人」と関係のある推理小説を読んでいたということですが、当時は何も違和感を覚えませんでした。
 現在の環境がこうである以上、「子どもに捧げる」というキャッチコピーを持つミステリーの読み物は慎重に慎重を重ねたものであり、心無い保護者からのクレームを避けるためであります。「日常の謎」をテーマにして編纂した本書は、「中国で最も和諧(和諧とは協調や調和という意味だが、調和的でないものを〝検閲・削除する〟という意味もある)な推理小説集」と言えるでしょう。

5.中国の児童書市場はここ数年成長しています。児童書は中国ミステリーの新たな市場になると思いますか?
 中国の児童書市場を詳しく研究したことがないので、イメージによる発言になりますが、私が思うにこの市場の潜在力は巨大です。しかし市場に出回っている製品は玉石混交で、内容面では特にそうです。
 そして推理小説は自身の特徴によって、殺人や犯罪などの内容が避けられません。そのような内容が時に、子どもに読ませるには不適切で、推理小説の一部のネガティブな面が子どもの心身に悪影響を与えると保護者に思われます。だから、一部の保護者は青少年に推理小説をあまり読ませたくないのです。
 このような時に「日常の謎」というのはとても良い構想で、作者は「日常の謎」から青少年に適した読み物の執筆に着手することができます。
 なぜなら、「日常の謎」は「謎-謎解き」という推理小説の核心となる基礎を残しながら、さらに家族愛や友情などにも触れているからです。子どもが読むにふさわしく、保護者が読んでも取り立てて子どもっぽいとは思わないでしょう。教育的役割もあり、子どもの観察力や思考力、論理思考力も養えます。
 この方向性は推理小説家が将来努力してチャレンジする一つの方向性だと思います。ビジネスの角度から考えても、学習や知育の面で子どものためになると分かれば、保護者は望んでお金を出して子どもに買い与えるでしょう。出版社側からしても、子ども向けミステリーは利益が見込めます。

 

■最後に■

 いつもの作家や作品の紹介とは違い、今回は中国の編集者を紹介してみました。作家とは異なる視点を通して、現在の中国ミステリーの市場動向や今後の見通しなどが理解できたのではないでしょうか。中国では以前から子どものミステリー読者の増やし方が考えられてきましたが、保護者をターゲットにして小中学生に売り込むという方法は取られて来なかったと思います。また、中国では推理小説短編集があまり出ないので、市場拡大の良いきっかけにもなります。
 一方で、本書の出版理由の一つに年々厳しくなる規制という問題があるので、子ども向けと言っても安心できませんし、本作に収録されている作家のほとんどはミステリー業界で活躍している作家ですので、業界自体の締め付けがますます厳しくなれば、作家も生きられません。このような状況下で、中国の出版業界は企画力が問われているんじゃないでしょうか。
 本書がたくさん売れてくれますように、と祈るばかりです。

 

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
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現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)


現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)






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