全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 
 気がつけばそろそろ年末ベストテンの季節が近づいてきました。去年のマイベスト腐ミステリはドン・ウィンズロウ『ダ・フォース』(田口俊樹訳/ハーパーBOOKS)でしたが、今年は何を選ぶか、ギリギリまで粘りたいと思います!
 ウィンズロウといえば、“犬の力”サーガ三部作の完結編『ザ・ボーダー』(田口俊樹訳/ハーパーBOOKS)が出たばかり。挑戦してみたいけどなにせ分厚いし、おまけにウィンズロウ読んだことないし……という方、血湧き肉躍る(意味が違う!)ハードコア麻薬戦争に突入する前に、著者自らが“いちばん変わった本”と言い切った『野蛮なやつら』(東江一紀訳/角川文庫)はいかがでしょうか。


 舞台は陽光降りそそぐカリフォルニアのラグーナ・ビーチ。家はお金持ちだけど、母と義父とはまったく違う世界で気ままに生きているオフィーリア――通称O(オー)――は、幼なじみのベンとチョンの両方が大好き。ベンとチョンの二人もOのことが好きだけど、どっちがより好きだとか、独り占めしようなんて気には全然なりません。三人は、その緩やかで幸せな日々がいつまでも続くと思っていましたが、ある日、突然の危機が彼らを襲います。

 ベンはバークレー大で植物学とマーケティングを学んだ、筋金入りの平和主義者。その親友のチョンは海軍の特殊舞台養成学校卒の元軍人で、アフガニスタンに従軍経験あり。幼い頃に実の父親から過酷な目にあわされたため、ベンとO以外は誰も信用していません。そんな二人が天職として選んだのは、なんと大麻の水耕栽培。ベンの植物学の知識は、種の選別からブレンドに至るまで大いに役立ち、まもなくカリフォルニア州でいちばん上等のマリファナを作る最強のコンビとなりました。いまや高級住宅街に豪邸を構えていますが、ベンは世界の貧困や飢餓に目を向け、ひんぱんに第三世界を訪れては支援活動も行っているように、彼らにとっての大麻栽培はあくまでも生計を立てるための手段であり、法外な金儲けを企む犯罪者ではありません。しかしその成功に目をつけたバハ麻薬カルテルが二人に魔の手を伸ばします。

 死んだ夫からカルテルを引き継いだエレナは、ベンとチョンの最大の弱点であるOを誘拐し、彼女と引き換えに二人のビジネスを乗っ取ろうとしますが、なにせ彼らはそんじょそこらの悪党とは一味ちがう未知数の相手。思いもよらない作戦を繰り出し反撃に出るのですが、ここで一番面白いのは監禁されたO! その天真らんまんさが意外な武器(?)となり、予想外の展開を見せます。麻薬戦争はおろか、暴力も小競り合いも望まなかった平和主義者の彼らがたどりついた結末とは。麻薬を扱っていても、他の作品群とは大幅に印象が違う本書。なぜ“いちばん変わった本”と呼ばれたのか、タイトルの Savages はどんな意味を持つのか。故・東江氏の絶妙な訳が楽しめるこの一冊、ぜひ一度読んでみてください。

 ……で、腐要素は一体どこに?と思われた方もいることでしょう。実は本書では、これ!というセリフがほとんど出てこないのです(明らかに、おお! という一文があるのですが、ここは読むまで秘密ということで)。実はこの作品、2010年に刊行後、邦訳された2012年に映画化され、日本ではその翌年に公開されたのですが、オリヴァー・ストーン監督によるその映画版が、実はかなり濃厚な腐臭を漂わせていたのです! 先に読んでいた自分は、ああやっぱりそうだったのかと納得(笑)。ベンをアーロン・テイラー・ジョンソン、チョンをテイラー・キッチュ、Oをブレイク・ライヴリーが演じ、脇役にベニチオ・デル・トロ、サルマ・ハエックと、かなり豪華なキャスティング。共同脚本にウィンズロウも参加していたのですが、監督が本書をあまりに気に入ったので、映画化を前提に前日譚を書かせてしまったというエピソードもあります。それは『キング・オブ・クール』(東江一紀訳/角川文庫)として刊行されましたが、映画化は現在も未定ながらも、三人の出会いや栽培のノウハウなども事細かに描かれているので、ぜひこちらも!


 さて、麻薬といえばノワール、ノワールといえば韓国映画の勢いが止まりません。10月4日(金)公開の『毒戦 BELIEVER』は、2014年に公開されたジョニー・トー監督の超興奮映画『ドラッグ・ウォー 毒戦』のリメイクと聞いて意気込んで観たのですが、リメイクというよりは原案かな?という感じで、いい具合に違う作品として楽しめるように仕上がっていました!


〈物語〉
 韓国最大の麻薬組織の頂点に立つ男、“イ先生”。しかしその正体はおろか、幹部ですら誰一人として会ったことがなく、顔さえも知らない。刑事ウォノはその謎のボスを長年追い続けているが、常に裏をかかれて煮え湯を飲まされていた。しかしある日、爆発炎上した麻薬製造工場で生き残った青年ラクを見つける。それを突破口とし、ウォノら捜査班は危険な潜入捜査を開始するのだが……。



 韓国ノワールを観るたびに毎回圧倒されるのが、役者の熱量。主人公ウォノ役のチョ・ジヌンは、以前ご紹介した『工作 黒金星と呼ばれた男』『お嬢さん』のせいか、実際よりも年配の役をヌメッと演じるイメージが強かったのですが、今回は正義感を超えた執念を身体中から漂わせ、スクリーンからその迫力が伝わってきます。組織から捨てられたラクを演じるのは若手実力派のリュ・ジュンヨル。『ザ・キング』のちんぴら、『タクシー運転手 約束は海を越えて』の真面目な青年と、観るたびにまったく違う印象で驚かせてくれる注目の俳優ですが、本作でも言葉少なに存在感のある演技を見せてくれます。一方、狂気の大物ジャンキーを演じたキム・ジュヒョクはこれが遺作となりました。筆者は『コンフィデンシャル/共助』で演じた凄みのある悪役(なぜかサービスシーン付き)が気に入っていたので、とても残念です……。


 脚本を担当したのはサラ・ウォーターズの『荊の城』を大胆に脚色し、『お嬢さん』という唯一無二の映画にしたチョン・ソギョン。そう聞けば、オリジナルからどう変えられたのかが期待できるのでは。全編を通して大変サービス精神が旺盛な脚色となっています。中でも、ある箇所が大きく変えられており、しかもそこがノワール好きには堪えられないシチュエーションなので、そこをぜひ劇場で確かめてください!

■【公式】『毒戦 BELIEVER』10.4(金)公開/本予告

「毒戦 BELIEVER」
監督:イ・ヘヨン(『京城学校:消えた少女たち』)  
脚本:チョン・ソギョン『お嬢さん』『渇き』『親切なクムジャさん』
出演:チョ・ジヌン(『お嬢さん』),リュ・ジュンヨル(『タクシー運転手 約束は海を越えて』),キム・ジュヒョク(『ビューティー・インサイド』),チャ・スンウォン(『ハイヒールの男』),パク・ヘジュン(『ミセン -未生-』)
原題:Believer/2018年/韓国/韓国語/124分/カラー/シネスコ
字幕翻訳:根本理恵
配給:ギャガ・プラス 
🄫 2018 CINEGURU KIDARIENT & YONG FILM. All Rights Reserved. 
10月4日(金)シネマート新宿ほか全国順次ロードショー

※公式サイト:https://gaga.ne.jp/dokusen/

 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓恵訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho









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