80年代最★の曲だと思うものは次のどれか(アラフォー以下の人は検索してみてね)。

 1.スターシップ「シスコはロックシティ」

 2.Mr.ミスター「ブロークン・ウイングス」

 3.カジャグーグー「君はToo Shy」

 今回ご紹介するのは、へヴィな事件に巻きこまれながらこんな会話をしている(そして1時間議論しても結論が出なかった)軽妙さが清涼剤のマイロン・ボライター・シリーズです。

 もう何年前のことになるでしょうか、出会いは当時まだ邦訳の紹介のなかったシリーズ3作目?Fade Away(邦題『カムバック・ヒーロー』)?の原書を入手したとき。いまではスタイリッシュなものに代わっていますが、当時の表紙がその、あまり冴えなくて、しばらく放置してからその、あまり期待せずにようやく着手。

 いやあ、くらいました。

「ああこれわかるわかるわかる(笑)」という衝撃があったのです。

 翻訳ミステリ読みの同類のみなさんなら、うなずいてくださるかもですが、ミステリを読むときって、なんとか様式のお屋敷も大佐も令嬢も、カウンターに置かれた一杯のアルコールもストイックな私立探偵もギャングの親玉も、粗忽な泥棒もダイハードなヒーローも?むこうの?世界の話には、とにかく憧憬をもって浸っちゃいます。だってですね、いかにも繁盛してなさそうなダイナーのホットドッグにだってシビれるんですから。よく考えてみたらパンなんか、も、絶対パッサパサよ。

 そんな憧れの素材たちはそれはそれで大好物なのですが、そことはちがってコーベン作品については、遠い憧れではなくてぐっと身近な感じがしたのです。緊張感も美味しさの要素になる高級レストランの料理とはまたちがった食べ慣れた料理の味。

 初めて聞いたよという若手ミステリファンのみなさんに、そしておさらいに、そうした身近な感じを醸しだすおもな登場人物は——

 主人公マイロン・ボライター。もと大学バスケの花形選手。セルティックスに入団するも、プレシーズン・マッチで選手生命にとって致命的な怪我を膝に負い、実質的なNBAでの活躍がないままに引退を余儀なくされる。世間に自分は大丈夫だと知らせるためにハーバードのロースクールで学び、スポーツ・エージェント会社を設立。週末に裏庭でバーベキューのホームパーティをひらくような家庭に憧れる常識人だが、面倒を見ている選手がらみのトラブルから発展する事件に巻きこまれてばかりいる正義の味方。

 マイロンの親友、ウィンザー(ウィン)・ホーン・ロックウッド3世。金髪碧眼超弩級のイケメン、大富豪の御曹司で投資会社を率いるやり手。いかにもお坊ちゃんな服装にきゃしゃな物腰。が、それは表の顔。幼い頃の経験がもとで人並みの道徳観念を放棄、自分と仲間を守るためなら殺傷だってへっちゃら、10歳にして金に物を言わせて世界中から集めたプロの教えを受け、銃・ナイフ・マーシャルアーツのスペシャリストとなった歩く人間兵器、裏世界の連中からあいつはヤバイとひそかに恐れられる冷血漢。

 マイロンの会社で働く、もと女子プロレスラーのエスペランサ。“リトル・ポカホンタス”のリング名でファンの多かったラテンアメリカ系の小柄な美女。男も女もイケちゃう彼女は自由奔放が生きかたのテーマ、けれども仕事についてはしっかり者、探偵のようなことばかりしているマイロンの留守を預かる要の存在。口は辛辣だが、ウィンが石ならエスペランサは心。いつでもマイロンの精神的な支えとなるもうひとりの大親友。

 ——ハッ、プロフィールだけ並べるとちっとも身近じゃないし。設定はいかにもフィクションなのですが、普通の人の良心(まだ残っていると信じたい)が根底にあるシリーズで、ほっと安心するポイントが随所に感じられたのが身近に思えた理由でしょうか。一瞬とはいえ一握りの栄光をつかんだスター、超のつく富豪、あたし以前はリングにあがってて。って女子は、わんさか数はいないでしょうという、レア素材を使っても、ベースのダシが共感できる味だったのです。それにコーベンは時代の空気をくみとる感覚が優れていて、テレビやコミックやらの小道具の使いかたがうまく、ああ、アメリカでも日本とまったく同じ会話が成り立っているという同時代性を感じたのでした。

            ***

 シリーズ未訳は2冊あります。7作目でいったん小休止、単発作品ばかりを5冊続けて書いたコーベンが6年ぶりにシリーズを再開させたのが “Promise Me”(2006年)です。

 事件の発端は、皮肉にもマイロンが約束を守る正直者だったこと。深夜、彼は友人の子どもである女子高生に頼まれて、車で迎えにいきます。ちょうどエスペランサの結婚式(!)があった夜で疲れているし、若干酒も残っているので迷いますが、こまったことがあれば自分に声をかけろと約束させていたし、少女の口調が心配でした。言われるとおりに友人宅へ送り、親には言わない約束を守ります。それがいけなかった。事件が起こってマイロンは警察から疑われ、友人からは責められることに。ここからウィンの力を借りてマイロンは全力で人捜しを開始。

 一気読みの秀作。シリーズ再開もですが、この濃密さが嬉しくて。シリーズを長年休んだぶん、わきでるアイデアや書きたかったことがぎゅっと詰めこまれ、しかも、これってコーベンの最強の武器だと思うのですが、抜群に読みやすい。脳内映像化(あるいはアニメ化)させる力が高いんですね。人間に対する観察力が増して一段と奥行きも出ました。21世紀のアメリカ全体に、そして人生を決める選択がかかっている若い世代にのしかかる重みがさりなげなく盛りこまれている。本書はとくに群像劇的な各登場人物のモノローグが冴えています。主役クラスのそれぞれの想いもですが、わたしがグッときたのは、いつもは影の薄いあるお父さんの心の叫びでした。それになんといっても、高潔な言い訳を振りかざす反吐の出そうなこの動機の気色悪さですよ。ちょっぴり、某クリスティー作品を彷彿とさせるこの動機のあぶり出しはコーベンの“なにかがまちがっている!”という想いをこめた一撃。

 シリーズのファンのみなさんに——6年間でマイロンの会社は順調に業務拡張し、マイロンは俳優、モデル、作家の代理業を担当。両親はフロリダへ引っ越しましたが、ニュージャージーの実家と、ウィンのダコタ・アパートの一部屋とを行ったり来たりしているのは相変わらず。あたらしい相手とつきあい始めて、ウィンにさんざん反対されています。おまえのことだから同情したんだろう、と(ちょっと理由あり)。そのくせ、昔の彼女の近況に動揺したりね。ウィンも相変わらずですが、さすがに年齢を感じさせるように。会社のスポーツ部門はエスペランサが専属で担当、で、そうなんです、彼女は身を固めたんですよ。結婚についてエスペランサが漏らした彼女らしい一言に吹いちゃいました。会社のアシスタントでエスペランサとコンビを組んでいたビッグ・シンディも元気。マイロンの“息子”は兵士となって中東へ派遣。本書は単発ものからカメオ出演もいくつもあってサービス精神も満点です。

 2冊の単発作品に続いてふたたび発表されたマイロン・シリーズが”Long Lost”(2009)。

 ?Promise Me?で6年間の穴を埋めようとみっちり人物を書きこんだコーベン、今度は物語を大胆に動かしてきました。前作は身のまわりで起こった事件でしたが、今回は大きな陰謀に巻きこまれます。舞台はマンハッタンからパリへ、そしてロンドンへ。

 かつてマイロンはすべてを投げだして逃避行したことがあり、そのときの相手、もとCNNキャスターのテレースが助けを求めて8年ぶりにパリから連絡してきます。その頃ちょうどマイロンはちょっとやらかしてしまって国外脱出したい理由があり、すぐさまパリ行きの便へ。

 テレースの元夫がこれまたひさしぶりに連絡してきたそうなのですが、その元夫は惨殺死体となって発見されます。現場からは女性のものと見られる毛髪が見つかるのですが、DNA鑑定からそれはテレースと元夫の子どもの髪だと判明。しかし、ふたりに子どもはいません。これはいったいどうしたことなのか?

 快調なテンポで進むストーリー、コーベンはこの手の展開はお手の物でざっくざく読めます。マイロンは最大のピンチを迎え、エスペランサをこれほど心配させたのは初。あのウィンの情報網をもってしても太刀打ちできない相手と対決です。マイロンらしくない行動が目につく今回、彼が世界に適応できなくなっていく序章をコーベンは書こうとしているのかと、ふと思ったりも。敵の正体が見えた驚きにくわえて、最後にもうひとひねりあります。こちら、現代ならではの背筋の寒くなる問題ですが、最後にマイロンの下した決断は果たしてどうなのか。なにが正しいのか読後はしばらく頭を悩ませることになるダークな幕切れですが、いつものユーモラスな面は健在です。

 冒頭の質問は”Promise Me”から。それぞれ主役3人があげた曲名です。ご興味があったら★に入る文字とどれが誰の意見か想像してみてくださいね。

 三角和代