書評七福神とは!?

5月29、30日はどこの地域でも運動会だったと思います。それで疲れてしまったわけではありませんが、更新が遅れました。5月度の七福神ベストをお届けします。

 早速今月の一冊を見てみましょう。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『死者の館に』サラ・スチュアート・テイラー/野口百合子訳

創元推理文庫

 死が愛と贖罪の念を暗く覆い、遠い過去が現在に重い影を落とす。宿命が織り成す複雑な絵柄を、自らも婚約者の死という悲しい過去を抱えた芸術史家が解読する、静謐な本格ミステリ。今年開催された「愛のヴィクトリアン・ジュエリー」展で、人間の遺髪で作った装身具に驚かされた記憶がまだ生々しいだけに、本書に出てくる遺髪で出来たネックレスという小道具はことのほか印象深い。

北上次郎

『震える山』C・J・ボックス/野口百合子訳

講談社文庫

 猟区管理官ジョー・ピケットを主人公とするシリーズの第四作。ジョーの妻メアリーベスはいくらなんでもうるさすぎないか。これではジョーがとげとげしい気持ちになるのはよくわかる。問題はその気持ちが長続きしないこの男の善良さだ。いや、小説としては傑作なんだけど。

霜月蒼

『デクスター 闇に笑う月』ジェフ・リンジー/白石朗訳

ヴィレッジブックス

 日本が誇る〈粘膜シリーズ〉(by 飴村行)に勝てるのはこのシリーズくらいだろう。シリアル・キラーばかり殺すシリアル・キラー、デクスターの血湧き肉片躍る活躍! 心が壊れているから異常に軽妙な一人称文体も素晴らしい、21世紀型カッティング・エッジ鬼畜ハードボイルド。

川出正樹

『ぼくの名はチェット』スペンサー・クイン/古草秀子訳

東京創元社

 クセ球かと思いきや実は思いっきりストレートな、最近ちょっと見かけないタイプの新しくもどこか懐かしきコンビ探偵ミステリ。砂漠をわたる一陣の風のように熱いけれども爽やかな、一人と一匹の活躍に心が弾む。犬好きでない人も是非、ご一読のほどを。

吉野仁

『海のカテドラル』イルデフォンソ・ファルコネス/木村裕美訳

RHブックス・プラス文庫

 中世スペインの混沌、理不尽な社会、意地悪い隣人や家族の罠。数奇な運命に翻弄され続ける主人公。どん底から高みへのし上がったかと思えば、裏切りや悪意でまた奈落へと突き落とされる。生死の境で奮闘する。これぞ面白歴史大河ロマンの王道をいく展開だぁ。

村上貴史

『ノンストップ!』サイモン・カーニック/佐藤耕士訳

文春文庫

 ベタな表現だが、こりゃスゲェよ。疾走。スリル。謎。もはや体感的なコメントしか出てこない。下手な比喩やらレトリックなどを必要としない強靱な存在が、ここにある。各章の最後の一行で読者の関心を喚起するあざといテクニックも使っているが、それを悪目立ちと感じさせず、むしろ快感と思わせる勢いがこの作品にはある。いや満足。とにかく満足。

杉江松恋

『ノンストップ!』サイモン・カーニック/佐藤耕士訳

文春文庫

 アクション映画の売り文句に「分刻みのスリルとサスペンス」と謳われることは珍しくないが、それに倣っていうと「行刻み」にハラハラされる小説である。冒頭の数十ページだけで主人公が一生分のたいへんな思いをするというのに「まだ序の口にすぎなかった」と言われて唖然とさせられた。どれだけ追い込みをかければ気が済むのか。最初から最後までこの調子。間違いなく徹夜本になってしまうので、夕方から読むことはお薦めできない一冊だ。

 以上、今月の結果でした。えーと、原稿をいただいてから気づきましたが、村上さんと杉江はフライングですね。『ノンストップ!』の奥付は6月10日になっていて、amazonでもまだ予約が始まっていません(しっかりしろ文藝春秋!)。というわけでごめんなさい。本のデータが入り次第、随時修正しておきます。

 さて、来月はどんな作品が上がってきますことか。(杉)

〔6月6日追記——『ノンストップ!』のamazonリンクを追加しました〕