書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

人間の体温よりも気温が高い日々が続くって、どれだけ日本は熱帯なんですか。みなさん体調を崩していませんか?  今月も猛暑にふさわしく熱い作品が揃いました。七福神今月お薦めの一冊は……?

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『陸軍士官学校の死』ルイス・ベイヤード/山田蘭訳

創元推理文庫

 若き日のエドガー・アラン・ポオのエキセントリックぶりが楽しい作品。とはいえ、ポオが登場するミステリは前例が山ほどあるし、読み応えは充分だけどお薦めするほどでは……と終盤近くまでは思っていたのだが、予想外の着地に仰天した。読者の心理を計算に入れた仕掛けが見事。

北上次郎

『音もなく少女は』ボストン・テラン/田口俊樹訳

文春文庫

問題はこれがはたしてミステリーなのかということよりも、これがフライングであることだ。しかし、たった10日のことであるから許されたい。すごいぞ、読み始めたらやめられないぞ。

霜月蒼

『コロンバイン銃乱射事件の真実』デイヴ・カリン/堀江里美訳

河出書房新社

 米探偵作家クラブ賞受賞のノンフィクションだが、人の心の暗い爆発への関心をcrime fictionに見出す人は必読。「ゴス少年が体育会系に復讐」という定説を覆し、この定説を生んだ歪みを描き出す。「銃とキリスト教」がアメリカの背骨だと理解できるのと同時に、彼我の違いは「銃とキリスト教」だけだとも知れる。痛ましく、悲しい力作。

村上貴史

『暗殺のハムレット (ファージングII)』ジョー・ウォルトン/茂木健訳

創元推理文庫

 前回の七福神において絶賛された『英雄たちの朝』の続編であり、ファージング三部作の第二部となる作品だ。第一部があれだけの出来映えだっただけに、読み始める前は期待と不安が相半ばしていた。だが、どうだ。読み始めてみるとぐいぐい引き込まれ、そんな不安などあっさりとどこかに消えてしまった。第一作よりもサスペンスは濃厚で、ヒロインの苦悩も第一作より深い。あの第一部をふまえて第二部でここまで伸びた本シリーズ、一体第三部ではどこまでいくのだろう。

 といいつつも諸般の事情で筆者は既に第三部を読了。スゲェよ。この第二部をも凌駕し、かつ三部作完結篇としてのピリオドも鮮やか。第一部未着手の方は、そろそろ読み始めておくのがよいでしょう。

川出正樹

『陸軍士官学校の死』ルイス・ベイヤード/山田蘭訳

創元推理文庫

 陸軍士官候補生時代の若きポオが、連続猟奇殺人の謎に挑む。美しくも儚く、怜悧だけれども危うい魂の持ち主ポオの作品を彷彿させる、暗き情念に裏打ちされた謎解きミステリ。長さに怖じることなく、ぜひ手にとって欲しい。一読忘れがたい迫力に満ちたクライマックスが待っているので。

吉野仁

『陸軍士官学校の死』ルイス・ベイヤード/山田蘭訳

創元推理文庫

 校内で起きた怪事件の調査を元警官が行う、となるとケレン味に欠けた地味な捜査場面の続くことを危惧したが、そんなことはまったくないどころか、ポオが活躍するミステリとしての妙がこれほどあらゆる面で発揮されているとは思いもしなかった。驚き!

杉江松恋

『押しかけ探偵』リース・ボウエン/羽田詩津子訳

講談社文庫

 ずばり本音を言ってしまえば、七月に読んだ翻訳ミステリの中でもっともおもしろかったのは再読したハワード・エンゲル『身代金ゲーム』だったのだが、旧刊で、しかも品切れということでは流石に挙げるのを躊躇してしまった。しかし抜群におもしろいです。というわけで次点がこの本で、『口は災い』に次ぐ、アイルランド生まれの勝気な娘、モリー・マーフィーが二十世紀初頭のニューヨークで孤軍奮闘する物語だ。見習い探偵のボスが殺されてしまい、見よう見真似でその犯人を追うというコミカルなストーリーが、最後にとんでもない歴史上の事件に行きつくのがすごい。

『陸軍士官学校の死』強し、というか創元推理文庫が強いなあ。このあとはキャロル・オコンネルやサラ・ウォーターズの新作も控えているはずなので、先行きが楽しみです。きっと来月は各社これに負けないような力作を出してくれることでしょう。お楽しみに。(杉)