現在放送中のフジテレビ系のドラマ「シャーロック:アントールド ストーリーズ」は令和の東京を舞台にしたホームズ・パスティーシュ(?)で、BBC版「シャーロック」とはだいぶ雰囲気がちがいますが、毎週楽しく見ています。このドラマでディーン・フジオカ演じる犯罪コンサルタントの名前は「誉獅子雄(ほまれ・ししお)」。岩田剛典演じる元医師は「若宮潤一」。たしかにイニシャルは本家と同じだけど、けっこう予想の斜め上をいく名前ですよね。
 十月は年末のベストテン選出に向けて話題作が続々。読み損ねていた気になる本がたくさんあって……ああ、秋の夜長に一気読みしたい!

 

■10月×日
 デビュー作『渇きと偽り』で英国推理作家協会賞・最優秀長編賞を受賞した、ジェイン・ハーパー。前作はたしかポケミスだったと思うけど、二作目の『潤みと翳り』はいきなり文庫で登場。今回の邦題は、沢や木々のせいでじっとりと暗い山や森をイメージしたのでしょうか、前作では旱魃にあえいでいたのに、オーストラリアって広いのね。それにしても、相変わらずフォークナーの『響きと怒り』を連想してしまうタイトルです。

 メルボルンの会計事務所ベイリーテナンツが、オーストラリア東部のジララン山脈でキャンプをする合宿研修を行ったところ、女性五人のグループが道に迷って遭難してしまう。やがて女性たちは救出されるが、ひとりの女性が行方不明に。その女性、アリス・ラッセルは財務捜査を担当する連邦警察官アーロン・フォークの内部協力者で、彼の携帯電話に「……彼女を苦しめて……」というメッセージを残していた。五人の女性たちのあいだで何があったのか、アリスは無事なのか?

 経営者一族のジル、幼馴染のママ友アリスとローレン、見た目も性格もまるでちがう双子のブリーとベス。この五人の女性たちの性格と過去が、厳しい自然のなかでのサバイバルを通して浮き彫りになってきて、おもしろいのなんのって! このキャラのちがいだけでもうサスペンス! こういうときに性格って出るよね〜と思いながら、わたしもたまに仲間とハイキングをするので興味津々で読んだ。でもこんなマウント合戦、つらいわ。やっぱり山には気の合う仲間と行くにかぎります。

 ハイキング中の女性たちの様子と、捜索中の現在が交互に描かれ、少しずつ手がかりが与えられていく。フォークもそれなりに活躍するが、今回は主人公の力というより、さまざまなヒントから読者が謎解きを楽しむスタイル。そこには女性たちの力関係のほか、自然も大きく影響してくる。若林踏氏が解説でアン・クリーヴスの〈ペレス警部〉シリーズと、ジム・ペリーの〈新聞記者ドライデン〉シリーズとの類似をあげていて、なるほどと思った。

 親と子の関係、とくに子を思う親の気持ちが印象的に表現されていて、物語の説得力が増している。寡黙なフォークの亡き父への思い、父の遺品にこめられた息子への思いにもぐっとくる。

 すべてがつながったときのカタルシスはなかなかだが、そこはかとないやるせなさも感じさせ、大人なシリーズだなあと思う。

 

■10月×日
 史上初の七冠を達成したあの『カササギ殺人事件』のあとだけに、かなり期待値があがっている状態で読んだアンソニー・ホロヴィッツの『メインテーマは殺人』。でも、さすがエンタテインメントを知り尽くしたホロヴィッツさん、またもや手のひらの上で転がされてしまいました。前作はクリスティ的要素がちりばめられていたけど、今回はホームズ&ワトソンを意識して、警察に協力するコンサルタント探偵ダニエル・ホーソーンが著者自身である作家アンソニー・ホロヴィッツを相棒に活躍します。               

 資産家の老婦人が、みずからの葬儀を手配した日に絞殺される。あやしい。あやしすぎる。元刑事で警察の捜査に協力しているダニエル・ホーソーンは、自分がこの事件を捜査する様子を小説化してほしいと作家の「わたし」に依頼する。

「わたし」ことホロヴィッツ自身が語り手になっていることからもわかるように、フィクションのなかに実話や実在の人物がしれっと登場。『インジャスティス——法と正義の間で』という連続ドラマの脚本を書いていた「わたし」が、その現場でアドバイサーとして呼ばれていたホーソーンに出会うというエピソードもなんだかリアルだ。

 しかし、なんの疑問もなく読んでいた一章が、実は作中の「わたし」が書いた文章だとわかり、ホーソーンにダメ出しされるところでえっ?となる。じゃあ、いま読んでる部分はなんなの?と、いい感じに頭の中がぐちゃぐちゃになったところで、物語は進んでいきます。いわゆるメタミステリというやつですね。でも、頭のなかがぐちゃぐちゃでも大丈夫。メタミステリがよくわからなくても大丈夫。実はわたしもよくわかってないけど、充分楽しめました。

 読んでいくうちに癖が強い謎の探偵ホーソーンのことが少しずつわかってきて、これがめっぽう楽しい。どんどんポイントがたまっていくようで(わかりにくいたとえ)、なんなら本筋よりもおもしろいかも。いかにも「変人」という感じなのに、実はまだ小さい子どもがいるとか、「わたし」に言わせればダン・ブラウン、ハーラン・コーベン、ジェームズ・パタースンあたりを読みそうなのに、読書会のために苦労してカミュの『異邦人』を読んでいるとか(前回の課題はライオネル・シュライヴァーの『少年は残酷な弓を射る』だったらしい。「うまい作家だよな。こっちにいろいろ考えさせる」)。警察をやめたいきさつにしても、実は深い意味があったり。完全にギャップ萌えです。しかも、まだ何が出るかわからない引き出しの多さを感じさせ、油断できません。

『カササギ殺人事件』ほどの派手さはないけど、伏線のさりげなさが端正で、ミステリとしての完成度の高さに驚かされる作品。それほど長くないのに読み応えがあって、得した気分になれます。シリーズ一作目ということなので、またホーソーン&ホロヴィッツに会えるのもうれしい。

 

■10月×日
「夫の顔面に銃弾を撃ちこんだ画家。彼女の心がついに開かれるとき、読者もまた癒されるとはかぎらない。」これはアレックス・マイクリーディーズ『サイコセラピスト』の帯のコピーだが、後半部分がネタバレしていないのに、この作品の特徴を実に的確に表現していて「やるなあ」と思った。アレックス・マイクリーディーズはキプロス生まれのイギリスの作家で、本書がデビュー作。ニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストに半年間居座りつづけた話題作だ。

 画家のアリシア・ベレンソンは、写真家の夫ゲイブリエルを射殺後、沈黙をつづけている。事件から六年後、彼女を収容する施設の求人広告を見た心理療法士のセオ・フェイバーは、アリシアの沈黙を解くのは自分しかいないと、経営が傾きつつあるその施設の求人に応募する。担当としてアリシアを診察しながら、彼女の関係者と接触し、事件の真相に迫ろうとするセオ。しかし彼女の心を開かせるのは困難を極めた。

 事件後、アリシアは〈アルケスティス〉と名付けた絵を描いている。殺人事件後の自分を描いたもので、イーゼルとキャンバスのまえに裸で立った自画像は手に持った筆から赤い絵の具を垂らしていた。セオはその絵から彼女の心を読み取ろうとする。
 ギリシア神話の主人公の名であるアルケスティスとその絵にこめられた思いとは?

 サプライズがあるとは聞いていたけど、えっ、こう来る?! という感じ。
 これは予想外でした。何を言ってもネタバレになりそうなので、とにかく読んで驚いてください。ものすごくよくできたプロットで見事だけど、たしかにこれは癒されるとはかぎらない案件だわ。

 セオ、アリシア、ゲイブリエル、セオの妻キャシー、施設の職員や収容者、画廊の経営者、アリシアの従弟、祖母、ゲイブリエルの兄……なかなか共感しにくい曲者キャラクターぞろいだけど、プロットをこれでもかとかき回してくれて、予想外の展開に貢献。みんなそれぞれにヘビーなものを背負っているので同情できる部分はあるものの、人間的な弱さが悲しくもリアル。

 映画化権も売れており、脚本はハリウッドで映画脚本を手がけたことのある著者自身が担当するとのことなので、楽しみに待ちたい。
 シンプルだけどインパクトのある装丁もすてき。

 

■10月×日
 軽快なアクションコメディ『ガットショット・ストレート』が大好きだったので、迷わず手にしたルー・バーニーの『11月に去りし者』(祝!アンソニー賞最優秀長編賞!)。
 情景がはっきりと目に浮かぶ映画的展開にワクワク、魅力的な登場人物たちにメロメロ。そうそうこの感じ! 『ガットショット・ストレート』にやられたときと同じだ! レナードっぽくもあり、ハイアセンっぽくもあり、でもそれらとは似て非なるもののようでもある、なんとも言えないノリが心地よい。非情すぎずヤワすぎない、絶妙なこなれ具合がクセになる。

 ときは一九六三年十一月。ニューオーリンズのギャングの若手幹部フランク・ギドリーは、ケネディ大統領暗殺のニュースを聞いて、数日前ボスに命じられてダラスで逃走用と思しき車を用意する仕事をしていたことに思い至る。どうやら知らないあいだに大統領暗殺計画に手を貸していたらしい。証拠隠滅のために自分が消されることを察知したギドリーは、ニューオーリンズから一路西へ向かう。途中、ふたりの娘と老犬を連れて家出してきた美しい主婦シャーロットに出会い、追っ手の目をくらますために家族連れのふりをするうちに情が移るギドリー。だが、追っ手の殺し屋もかなりのやり手だ。果たして逃げ切ることはできるのか?

 ギドリーは「三十代後半、中肉中背、黒髪に緑の眼、顎のまんなかに女をうっとりさせる窪みがある男」。人当たりがよくて頭もよく、適度にチャラ男で、思わず応援したくなるイケメンだ。その危機管理能力の高さから、「わたし、失敗しないので」的な安心感があるが(『ガットショット〜』のシェイクはかなり危なっかしかった)、シャーロットと出会ってからはちょっと、いやかなりぐらぐら。そんな一面がまたたまらない。

 一方、最低な夫に愛想を尽かしてオクラホマの田舎町から逃げ出した写真家志望の主婦シャーロット・ロイは、新しい生活をはじめるために立ちあがった美しき戦士。すいぶんと勇気がいったことだろう。まだ幼い娘たちを道連れにするなんて大丈夫?とちょっと思ったけど、シャーロットがだれよりも娘たちのことを思っているのが伝わってきて、母としても申し分のない人なのだとわかる。

 そして、忘れちゃいけない殺し屋ポール・バローネ。任務に忠実な頑張り屋さんで、最初はちょっとお笑い系?となぜか勝手に思いこんでいたけど、この人マジやばい……と思ってからは、ギドリー、逃げて!と心のなかで叫びながら読んでたわ。なんなのこの人、ターミネーターか? なのに黒人少年セオドアとのやりとりはぐっとくるし、意外性の塊で、気になってしかたがないキャラクターなのだ。

 予想外の展開と、しゃれた会話と、魅力あふれるキャタクター。
 クールで、アツくて、なりふりかまわず、スタイリッシュ。
 無敵のおもしろさが詰まった小説だ。

 とにかく、この作品を読めてよかった!としみじみ思う秋の夕暮れ。
 詳しくは書けないけどこのラストの余韻も好き。

 

■上記以外では:
 カール・ホフマンのノンフィクション『人喰い——ロックフェラー失踪事件——』が衝撃的かつ印象的だった。
 一九六一年十一月、オランダ領ニューギニアで消息を絶った二十三歳のマイケル・ロックフェラー。彼は海で溺れたのか、サメやワニに食べられたのか、それとも首刈り族と呼ばれるアスマットに殺され、食べられてしまったのか。失踪から五十年後、アメリカのジャーナリストであるホフマンが現地に赴き、アスマットの人びとと深く関わって、その文化や伝統を知ることによりロックフェラーの死の真実を探るノンフィクション。アスマットの村にホームステイして人々の信頼を勝ち得、彼らを深く理解することで真相に近づこうとしたホフマンの執念がすごい。いろいろ残念なところはあるが、お金持ちのボンボンなのに、未開の地に分け入っていくガッツがあったマイケル・ロックフェラーも。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、マキナニー〈ママ探偵の事件簿〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はリンゼイ・サンズの〈新ハイランド〉シリーズ第六弾『忘れえぬ夜を抱いて』。

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