書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。
おひさしぶりです。今月は大幅に遅れてしまい、申し訳ありませんでした。それにしても八月は傑作揃いでした。このまま年末に向けて新作ラッシュが続くのでしょうか。嬉しい悲鳴をあげている七福神今月お薦めの一冊は……?
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複は気にしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
北上次郎
『回帰者』グレッグ・ルッカ/飯干京子訳
講談社文庫
グレッグ・ルッカ『回帰者』(飯干京子訳/講談社文庫)
アティカス・コディアックを主人公にしたシリーズがついに完結だ。
本編6作、番外篇1作で完結とは早すぎる。今回も迫力満点で一気読みだ。
千街晶之
『卵をめぐる祖父の戦争』デイヴィッド・ベニオフ/田口俊樹
ハヤカワ・ミステリ
今月は年間ベスト級の傑作だらけで目移りしたが、新生ポケミス応援の意味も籠めてこれを選んだ。敵軍と極寒と飢餓に包囲された第二次世界大戦中のソ連を舞台に、不条理な特命を背負わされた少年たちが繰り広げる、友情と恋と笑いと涙と戦慄と下ネタがてんこ盛りの大冒険。
川出正樹
『ベルファストの12人の亡霊』スチュアート・ネヴィル/佐藤耕士訳
RHブックスプラス
神の名の下に紛争を繰り広げてきた神なき地を、獲物を求めて伝説の殺し屋が往く。かつて手にかけた12人の亡霊とともに。冷え切った魂と一縷の望みを抱えた男が、暗く過酷な巡礼行の果てに得るものは何か。埋み火のごとき情念にあてられた。これは買いだ。
吉野仁
『ベルファストの12人の亡霊』スチュアート・ネヴィル/佐藤耕士訳
RHブックスプラス
自分が殺した12人の亡霊につきまとわれたアル中の元IRAの殺し屋が、かつての上司や仲間をひとりひとり殺していく。乱暴にいえば(ある親子が物語の鍵になっている点も含め)北アイルランド版『大菩薩峠』のような狂気と虚無がただよう異色スリラーだ。
霜月蒼
『音もなく少女は』ボストン・テラン/田口俊樹
文春文庫
8月は豊作すぎた——断腸の思いで『ベルファストの12人の亡霊』を落とし、歯を食い縛って『回帰者』を切り、『卵をめぐる祖父の戦争』に土下座して退いていただいた(これら3作も必読だからな。約束だぞ)。そして残ったのが本書である。ミステリとは言えないかもしれない。しかし、ここに描かれた都市と文明の悪に屈せぬ魂のありようは、ハードボイルド以降のcrime fictionの核を 剥き出しにしたようなものであるし、かつてこうした小説をもっとも誠実に読んできたのはミステリ・ファンだったはずだ。だから推す。静かだが熱く、高速ではないが鋭い傑作。
杉江松恋
『五番目の女』ヘニング・マンケル/柳沢由美子訳
創元推理文庫
シューヴァル&ヴァールーのマルティン・ベック・シリーズの読者ならご記憶だろう。シリーズが現代文明批判のほうに大きく舵を切り『警官』で思わぬ展開が生じたときのあの興奮を。同じ感動を、クルト・ヴァランダー警部シリーズのこの作品で味わうことができる。ヴァランダーをめぐる環境は大きく動く。そしてスウェーデンという国も動く。前作『目くらましの道』の物足りなかった部分を補って余りある秀作でもある。ここからシリーズを読み始めるのも可。
村上貴史
『森の惨劇』ジャック・ケッチャム/金子浩訳
扶桑社ミステリー
色恋沙汰を抱え込んだ男女のキャンパーたちの“どろどろ”と帰還兵を襲うベトナムのフラッシュバックがカリフォルニアの森の中で交錯し、そして惨劇が生まれる。構図はきわめてシンプルだがサスペンスはとことん強烈だ。勝者なき闘い、無駄死にとしか呼びようのない死。それをアメリカ合衆国のなかにごろりと転がしてみせた一九八七年の一冊。
『ベルファストの12人の亡霊』は案外穴で読み逃している人も多いのではないでしょうか。デイヴィッド・ベニオフも、読めば遡って旧作を読みたくなることは間違いなし。さあ、いよいよ秋。読書シーズンの到来です。来月もこのコーナーをお楽しみに。(杉)