書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。
この連載が本になりました! 『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』(書肆侃侃房)は絶賛発売中です。
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複は気にしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
川出正樹
『暗黒空間』ロブ・ハート&アレックス・セグラ/茂木健訳
創元SF文庫
自分が銃殺される未来を幻視した時間犯罪捜査局の元捜査官が、時間の流れが乱れたホテルで続発する異常事態を探る比類なきSFミステリ『バラドクス・ホテル』の作者ロブ・ハートが、七〇年代半ばのコミック業界を舞台にしたSecret Identityでロサンゼルス・タイムズ・ブック・アワード〈ミステリー/スリラー賞〉を受賞したアレックス・セグラと合作した『暗黒空間』が面白い。
帯に「『スター・トレック』×ジョン・ル・カレ」とあるように、人類初の惑星探査船と米・中・露の三つ巴の冷戦状態にある月面都市という四・一光年を隔てた二カ所の閉鎖空間を舞台に、パイロットのカリレスと元諜報員ティモニーが文字どおり宇宙規模の謀略に挑む、謎とスリルに満ちたSF仕立ての冒険活劇エスピオナージュだ。
居住可能な惑星を目指して航行中の恒星間探査船〈モザイク〉内で、目的地を眼の前にして突如深刻なトラブルが発生。だが月面都市ニュー・デスティニーにある星間連合本部は、なぜか救難信号を無視する。起きるはずのない二重のアクシデントに疑念を抱いたカリレスは原因究明に乗り出し、一方、上司から〈モザイク〉の件は忘れるよう威圧されるも納得のいかないティモニーは真相を解明すべく調査を始める。一体誰が、何を企んでいるのか。
話の中盤、それまで一切触れられてこなかったあまりにも重大な事実を耳にしたカリレスが茫然自失する場面で思わず読む手が止まってしまった。これに思い至らなかったのは不覚。ここから物語は一気にスケールアップし、危機も桁違いなものとなる。閉鎖空間内で短時間に次々と発生するトラブルに、主人公が知略を巡らし奮闘する様を描いたサスペンスフルなエンターテインメントだ。
上條ひろみ
『サスペンス作家が殺し屋を特定するには』エル・コシマノ/辻早苗訳
創元推理文庫
ロマサス寄りのサスペンス作家でシングルマザーのフィンレイ(フィン)が、住み込みベビーシッターのヴェロとともに、とんでもないミッション(なのか?)に巻き込まれるジェットコースター・サスペンスの第三弾。超弩級のスピードと二転三転するプロットはまさにリアル・ジェットコースター。一作目の『サスペンス作家が人をうまく殺すには』では、レストランで著作権エージェントと新作の打ち合わせをしていたところ、話を聞いていた隣の席の女性がなぜかフィンを殺し屋と思い込み、殺人を依頼する。二作目の『サスペンス作家が殺人を邪魔するには』は元夫スティーヴンの命が狙われていると知り、子どもたちの父親だからと殺人を阻止しようとする。三作目の『サスペンス作家が殺し屋を特定するには』はその二作の内容が関わってくるので、ぜひとも一作目から読んでもらいたいのだが、フィンとヴェロが体験入学する警察学校でのドタバタがいろんな意味でヤバすぎ(褒めてます)。何しろすごいスピードなので振り落とされないように。ジャネット・イヴァノヴィッチの〈ステファニー・プラム〉シリーズが好きな人には絶対おすすめ。
フェルディナント・フォン・シーラッハの『午後』(酒寄進一訳/東京創元社)は味わい深い短編集。作家で弁護士のシーラッハが、朗読会や講演会で訪れた土地での不思議な出会いや体験は、創作の部分もあるのだろうが、事実が元になっていると思うとよけいにドラマチックだ。読み終えたあとのなんとも言えない不穏さが癖になる。『禁忌』の舞台化を観にいって、アフタートークで生シーラッハ氏のトークを拝聴したことを思い出した。
レオ・マレ『探偵はパリへ還る』(田中裕子訳/新潮文庫)は第二次大戦下のドイツとフランスが舞台だが、発表されたのは1943年で、まさに戦時中。ドイツで捕虜になっていた探偵のネストール・ビュルマは、瀕死の捕虜から謎のメッセージを受け取り、開放後パリへ。ハードボイルド小説だけどミステリー要素多め。探偵のビュルマが非情な男ではなく、おちょっとおちゃらけた憎めないキャラなのがいい。
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千街晶之
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『シークレット・オブ・シークレッツ』ダン・ブラウン/越前敏弥訳
KADOKAWA
世界的ベストセラー『ダ・ヴィンチ・コード』などでお馴染み、ハーヴァード大学教授ロバート・ラングドンが活躍するシリーズの最新作である。今回の主な舞台は古都プラハ。ラングドンの恋人で純粋知性科学者のキャサリン・ソロモンは、人間の意識にまつわる研究を本にしようとしていたが、プラハで姿を消してしまう。一方、ニューヨークの出版社では、厳重に保管されているキャサリンの原稿に何者かがアクセスを図っていた……。たった一日のあいだにラングドンを見舞う危機また危機の連続、サーヴィスたっぷりの名所観光、国家的スケールの大謀略……といった要素はシリーズの旧作群と同様ながら、今回は幽体離脱、予知夢、ゴーレムのような何者かの出没……とパラノーマル色が一際濃厚で、どこまでが合理的に解明されるのか予断を許さない。作中で披露される死と意識の謎をめぐる仮説は、果たしてどのくらい信用していいのか判断が難しいところだが、そのあたりの危うさもまたこの作家の魅力。ラスト、誰もが知るアメリカの名所に対する解釈で締めくくったあたりに、世界の現状に対する著者の思いが窺える。これでもかとばかりにスリルを盛り上げて読者をぐいぐい引っぱるパワーは無類で、エンタテインメント作家ダン・ブラウンの実力を思い知らされる。
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吉野仁
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『ハウスメイド2 死を招く秘密』フリーダ・マクファデン/高橋知子訳
ハヤカワ・ミステリ文庫
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はやくも『ハウスメイド』続編の登場だ。前作からすこし時がたち、ミリーは新たな雇い主のもとで働きはじめたが、またしても夫婦の怪しい部分を目にするという大筋は引き継いでいるものの、ミリーが学校に通いはじめたり、彼氏がいたり、サウス・ブロンクスで暮らしたり、彼女自身の変化もいろいろ加わり、先が読めそうで読めないサスペンスとどんでんの企みはますます凝ったものになっている。後半、事実が明かされてからの展開もまたぞくぞくした。第三作も待ち遠しい。やはりページをめくる手がとまらなかったのは、ダン・ブラウン〈ラングドン・シリーズ〉最新作『シークレット・オブ・シークレッツ』で、今回は「人間の意識」に関する衝撃的な事実をつきとめた科学者キャサリンの失踪を軸に、古都プラハを舞台に隠された秘密をラングドンが探り出していくというもの。最新科学の蘊蓄や興味深いエピソード、暗号解読のみならず、一方でペンギン・ランダムハウスの編集者も事件に巻き込まれるため出版界のあれやこれが語られるところなど、とにかく息つく暇もないほど趣向が盛りだくさんで、上下巻を一気に読んだ。反対にしみじみとその世界にひたったのがフェルディナント・フォン・シーラッハの短編集『午後』だ。弁護士で作家の「私」は台北、東京、ウィーン、パリなど各国へ講演会や朗読会で訪れた先にさまざまな出会があり、その相手から奇妙な話を聞かされる。東京が舞台の短編のなか、持っている紙袋からぬいぐるみが顔を出しているという場面など、あのマスコットが目に浮かんだが、それはさておき、皮肉な運命だったり愛と裏切りが背中合わせだったりする奇妙で苦い話の数々を堪能した。読んだ後もすぐまたページをめくり戻して、いくつか気になった話を読みなおしたのは、明かされた真相がトゲのように刺さったままだったからだ。トム・ミード『空に浮かぶ密室』は、ロンドンで観覧車に乗っていた銀行支配人が射殺された事件からはじまる。奇術ショーの舞台で第二、第三の密室殺人が起こり、元奇術師の探偵が事件を追う英国推理ものだ。最終章でそれまでの記述のなかの手がかりを明示しつつ、トリックを明かしていくのが読みどころ。1943年作、レオ・マレ『探偵はパリへ還る』は、〈探偵ネストール・ビュルマ〉シリーズの第一作だが、まさかドイツから始まるとは知らなかった。第一部はリヨンが舞台で、後半の第二部になりやっとパリに還る。瀕死の男が死にぎわに残した謎の言葉をめぐる暗号解読から事件の真相をつきとめていく古典的な探偵小説を下敷きにしながら、主人公の言動や人物の描き方に作者らしい特徴を感じ、その独特の雰囲気が良い。最後に、前回、間に合わなかった10月刊、ケイティ・ティージェン『事件現場をドールハウスに』。第二次大戦で夫を亡くしたヒロインが、戦後、趣味のドールハウスで生計を立てようとしたところ、商品配達先で死体を発見したことから事件に巻き込まれてしまったものの、その殺人現場をドールハウスで再現して解決へと導く話で、大変楽しく読んでいった。こちらもシリーズの次作をはやく読みたい。
霜月蒼
『悪夢工場』トマス・リゴッティ/若島正編訳 白石朗・宮脇孝雄訳
河出書房新社
伝説の作家リゴッティの、なんと若島正セレクトによる本邦初短編集である。カテゴリーとしては「ホラー」になるが、その昏い詩学のありようは「怪奇幻想小説」と呼んだほうがしっくりくる典雅な陰鬱の気配をはらむ。世界の輪郭がふいに曖昧となって怪異と狂気が静かに到来する筆致は洗練されたラヴクラフトのようでもあるし、原始的な反キリスト教的な影は映画『ミッドサマー』のそれに通じる。
忌まわしさと美しさ、あるいは狂気の気配と着実な筆致。こうした二極の往還を実現しようとするホラー小説は多いが、それを実現するのは容易なことではない。リゴッティは収録作すべてでそれをやっていて、だから「悪夢工場」という題名はまったく伊達ではない。怖いのだ。
そんなわけでまったくミステリではないが、しかし本書の読み心地はある種のミステリに通じる。近作では例えば北山猛邦『神の光』のように、不可能状況の強烈さが幻想性を生み出すことがある。いわば本作は、そうしたミステリが「解決される前」で結末を迎えてしまうような趣があるのだ。不可解で悪夢じみた「謎」を前に途方に暮れるあの感覚。美への感嘆と理知を裏切るものへの恐怖がないまぜになった独特の感覚。あの愉悦をミステリ者なら知っているはずである。ゆえに強くおすすめする次第である。
なお本書のフィジカル版は、小口を動脈血の色に塗られた禁書のように美しい本なので、電子ではなく紙で読まれたい。
酒井貞道
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『空に浮かぶ密室』トム・ミード/中山宥訳
ハヤカワ・ミステリ
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万事が緊密、これが素晴らしい。謎が魅力的、探偵役の推理は緻密、探偵役ではない人物の捨て推理もクオリティが高い。ここまでは、今世紀の本格謎解きミステリとしてはよくある要素だろう。しかし本書は、それ以外の要素も全面的に緊密なのである。人物の性格素描、矢継ぎ早に事態が動き続けるストーリー、プロット構成、トリック、いずれもスピード感と適度な迫力をもってテキパキと提示&処理されていく。この物語はサスペンスやスリラーではない。クローズド・サークルものでもない。手品/マジック/イリュージョンを題材にした不可能犯罪を扱う本格ミステリなのであり、誤解を恐れずに言えば古色蒼然とした外見をしている。にもかかわらず、息つく暇はほとんどなく、ポケミスで三百ページ未満に収まるコンパクトな物語に、諸々がギュッと詰まっているのである。もちろん、真相解明時に読者を驚かせる準備にも余念がない。凝縮された良い本格ミステリを読んだ。そんな実感に包まれる佳作といえよう。
杉江松恋
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『空に浮かぶ密室』トム・ミード/中山宥訳
ハヤカワ・ミステリ
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正統的なミステリーということになると、今月はこれを挙げざるをえない。自分で解説を書いた本なので、最初にご寛恕を願う次第。
ジョゼフ・スペクターものの第二弾である。前作『死と奇術師』はハヤカワ・ミステリひさびさの袋綴じ本ということでも話題になった。それから刊行の間は空いたのだが、待った甲斐があるほどに品質は向上していたのである。冒頭で突き付けられる謎は、観覧車の中で人が銃殺されたという事件のもので、一緒に乗っていた女性が被疑者として逮捕される。その疑いようもない状況をなんとか打破しようとする弁護士の一人が本作の視点人物だ。彼は同時にアマチュア奇術師でもあり、ひさびさに復活したパオリーニ教授の興行を観に訪れる。すると舞台の上で仕掛けの中から男性の死体が転がり出して、という具合に序盤はとても賑やかだ。複数の不可能犯罪が描かれるので、謎解き好きな方にはたまらないフルコースとなるだろう。
ただ謎の数が多いだけなら特筆すべきことはないのだが、本作の魅力は手がかり提示の誠実さにある。スペクターによる謎解き場面が真骨頂で、探偵はあそこに手がかりがあった、あれに気づけば真相まではもう一息だった、という伏線を指摘しまくる。いちどきの英米ミステリーは手がかり提示に無頓着で、どんでん返しの興趣だけで読ませるようなものも少なくはなかったが、本作は神経質なほどに丁寧である。水も漏らさぬような、という形容詞がぴったりな念の入れようで、感心させられた。
作者はクレイトン・ロースンやジョン・ディクスン・カーが好きだと思われる。視点人物を若い男性にしているあたりにもカーの物語作法に対するオマージュを感じるのだが、他にもこれはもしかしたら、と感じるような箇所が多く、一冊が古典探偵小説の入門書のようであった。とにかく謎解き興味の横溢した作品が読みたい、という方には特にお薦めしたい。
話題作が目白押しだった前月の影響を受けてか、やや刊行点数は少なめの11月でした。それでも好作が並んでほっと一息。そういえば前月、来月はフライングなしで、と書いた記憶がありますが、よく見ると。まあ、ご容赦ください。来月またお会いしましょう。(杉)
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