書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。
この連載が本になりました! 『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』(書肆侃侃房)は絶賛発売中です。
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複は気にしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
川出正樹
『タンポポ時計』ガイ・バート/山田蘭訳
東京創元社
ガイ・バートの『タンポポ時計』が訳されたからには、今月はもうこれしかない。原著刊行から二十七年、翻訳予告から十六年。驚異のデビュー作『体験のあと』(矢野浩三郎訳/集英社)、唯一無二の第二作『ソフィー』(黒原敏行訳/創元推理文庫)に次ぐ第三作『タンポポ時計』は、前二作を凌ぐ現時点での作者の集大成だ。
キャリアの集大成となる個展で展示する絵画すべてを写真に撮りスーツケースに詰めて、二十六年ぶりに少年時代を過ごした家を訪れたアレックス。制作順に作品を並べる案に対する強烈な違和感と、何かが欠けているのではないかという怖れに、時間をかけて向き合い解決策を見いだしたかったためだが、荒れ果てた家の中に入った瞬間、四十年近く失われていた過去の出来事を自在に再現する能力が復活し、遙か昔に忘れ去られた子ども時代の記憶が怒濤のように甦る。過去に飲み込まれてしまうことを怖れて、家をかつての姿に戻すことで心の平穏を取り戻し、絵に集中すべく、憑かれたように修繕作業に没頭していくアレックス。けれども写真記憶の持ち主である彼にとって過去の体験は、ただの“思い出”などではなかった。現実の断片とでもいうべき生々しい記憶の奔流を押しとどめようもなく、繰り返し現れる三つの異なる時代の日々に現在の日常は揺れ動き、ばらばらとなり、過去と入れ替わっていく。
南イタリアの小さな町、英国の寄宿学校、そして芸術の都フィレンツェを舞台に、自在に時を往還して、変わりゆくものと変わらぬものを対置し、友情と情愛、信頼と正義を核に人の心の深奥に迫る、煌めく生命力と仄暗き死の影に彩られた畢生の大河小説だ。
幼い頃の夏の特異な体験が刻印となり、生き方を大きく左右されてしまった二人の少年と一人の少女――アレックスとジェイミー、そしてアンナ。彼らが子供から大人へと成長していく過程で、虞れ戸惑い、悩み苦しみ、傷つきながらも生きる意味を模索し人生を歩んでいくさまを繊細かつ叙情豊かな筆づかいで鮮やかに描き挙げる。
三つの過去と現在を地続きに切り替える緻密に計算された構成によって、全編にわたって漂う哀惜と郷愁の念は一層強められ、物語は一種幻想的な色彩を帯びながら、それぞれの時代のクライマックスが立て続けに訪れ、すべての謎と疑問が明らかになる終幕へと収斂していく。
英題はThe Dandelion Clock。ただし米版ではA Clock Without Handsと変更されている。この不思議な味わいのあるタイトルが何に由来するのか? 何を象徴しているのか?
きらきらとした子ども時代の冒険を綴った愛おしき児童小説。思春期の苦悩と蹉跌、孤独と友情を瑞々しく織り上げた青春小説。華やかさと儚さを兼ね備えた初々しい恋愛小説。そして何よりも巻き戻せない時間の中で選択と後悔を繰り返しながら生きる二人の少年と一人の少女の煌めく生命力と仄暗き死の影に彩られた美しくもやる瀬ない人生の物語を、ぜひ味わってみて欲しい。
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千街晶之
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『悪党たちのシチュー』ロス・トーマス/松本剛史訳
新潮文庫
一番期待していたのはガイ・バートの『タンポポ時計』で、現在と追憶を織り交ぜながら進行する美しくも残酷な物語は流石に『体験のあと』『ソフィー』の作者だと感心はしたが、いくら何でも長すぎて、テーマと釣り合っていない。というわけで『悪党たちのシチュー』を選んだ。アフリカの独裁国家の刑務所に囚われていたジャーナリストのシトロンと、政治家の資金調達係として暗躍するヘールが、アメリカの現政権のスキャンダルを入手することになったが、FBI・CIA・富豪・情報屋などの利害関係が複雑に交錯し、二人は何度も危機に見舞われる。とにかく登場人物がそれぞれの思惑で動き回り平気で裏切るので話の方向性が全く予想できないが、気がつくと落ち着くべき地点に落ち着いている読み心地はいつも通りのロス・トーマス。シトロンとの仲はこじれ気味ながら息子思いの気丈な母親グラディス、ある事情を背後に秘めながらひょいひょいと嘘をつく富豪の娘ヴェルヴィータといった女性陣のキャラクター造型が特に秀逸。原書刊行は一九八三年なので、背景となる国際情勢などには時代を感じる部分もあるが、エンタテインメントとしての面白さは少しも色褪せていない。
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上條ひろみ
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『無垢で清らかなあなたのために』カリン・スローター/鈴木美朋訳
ハーパーBOOKS
一月は女性が元気な作品が印象に残りました。元気というとちょっと語弊があるかもしれないけど、やられっぱなしじゃないってことです。勝ちに行かないけど負けへんで(byジェーン・スー)、ですね。当然、読む方も力をもらえる。そういう作品、好きなんです。
なかでも、つねに目を覆うような暴力犯罪を描いてきたカリン・スローターのノンシリーズ作品『無垢で清らかなあなたのために』は、ぶっちぎりでお勧め。ジョージア州南部の小さな町で、独立記念日の夜、十五歳の少女ふたりが連れ去られる事件が起きる。現場には少女たちの自転車と大量の血痕が残されていた。保安官補のエミーは、少女のひとりから助けを求められていたのに、自分の悩みにかまけてスルーした罪悪感から、なんとしても少女たちを見つけようと奮闘する。
女性に生まれたというだけで、第二次性徴を迎えたころから男たちに変な目つきで見られるようになる少女たち。挑発するような服装をしている方が悪いと言う男たち。「はぁ? ざけんじゃねーよ」と今なら言える。でも無垢で清らかなころは、違和感と嫌悪感でいっぱいなのに、その気持ち悪さを誰にも言えないんですよ。そんな少女たちの無垢さを食い物にするやりきれない事件。読みどころは、登場人物のほとんどが見た目どおりの人ではないということ。特にエミーの家族の入り組んだ事情を読み解いていくのが最高にスリリング。小さい町だからこそなのか、特殊な一族だからなのか……どんどん明らかになっていく秘密は犯人探し以上に読み応えがあります。暴力犯罪を扱ってはいますが、物語としての魅力が詰まった作品なので、〈ウィル・トレント〉シリーズの暴力描写が苦手だったという人にもぜひ手に取っていただきたいです。
同じく女性が活躍するジョン・グリシャム『判事の殺人リスト』(白石朗訳/新潮文庫)は、『告発者』に登場したフロリダ州司法審査会(架空の組織)の調査官レイシー・ストールツが、連続殺人鬼の判事を告発するノンストップ・スリラー。サイコパス判事のぶっ飛び具合もさることながら、執念深く犯人を追い込んでいく告発者ジェリのなりふり構わなさが感動的です。レイシーの暑苦しくないナチュラルな正義感もいい感じ。
ケリー・ギャレット『偽妹』(矢島真理訳/ハヤカワ文庫)は腹違いの妹の死の真相を探る姉が主人公。前半ちょっともたついている印象だけど、後半のスピード感はなかなか。姉妹はいわゆるセレブで、複雑な家庭環境や、インスタグラムのなかの華やかさと現実のギャップの描写も読ませます。
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女性が主人公ではないけど、エドガー賞受賞作『果てしない残響』(シャーロット・ヴァッセル著/山中朝晶訳/ハヤカワ・ミステリ)もお勧め。主人公のボーシャン警部が健康的な食べ物やおいしいものにこだわるのが個人的にツボでした。彼が恋する女性キャリーの職業が帽子職人というのもイギリスっぽくて良き。何より、どう見ても無関係なふたつの事件が繋がる過程がウルトラCすぎます。
- 吉野仁
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『判事の殺人リスト』ジョン・グリシャム/白石朗訳
新潮文庫
これは『告発者』につづく調査官レイシー・ストールツ・シリーズ第二弾だ。今回もまた判事の悪行めぐる話ながら、なんとその男は何年にもわたって同じ方法で犯行を重ねる連続殺人鬼であり、しかも彼を追う女性が……という驚きの展開が序盤からあって、たちまち物語に引き込まれてしまった。いまさらグリシャムか、いまさらリーガル・スリラーか、いまさらサイコ・サスペンスかと思って軽んじてしまうと痛い目にあう。周到なプロット、偏執的なまでにこだわった細部、最後まで一筋縄ではいかない話運びに脱帽した。唯一都合がいいと思うのがネット上のデータ探偵〈レイフ〉の万能AIのような活用か。しかし機会をうかがう執念さと指紋を残さないことに関する徹底ぶりなど、さすがグリシャムとしか言い様がない、追う者追われる者の歪んだ世界をとことんまで描いており、夢中で読んでいった。そしてこれもリーガル・スリラー・シリーズの第二弾、ロバート・ベイリー『リッチ・ウォーターズ』も負けず劣らずのページターナーぶりを見せている。こちらは保安官補殺しで捕まった元高校フットボールのスターの弁護をジェイソン・リッチが引き受けるもので、主人公はじめ依存症のダメ男女がつぎつぎ問題を起こすなど、いろんな意味でアメリカ南部田舎の世界がつまっていながらも、どん底に追いつめられ末の逆転劇という世界共通の痛快さを最後に味わえるというこの作者ならではの良さが今回もぞんぶんに発揮されている。一方、まるで対極的なアメリカ都市文化の悲劇を描いているのがブレット・イーストン・エリス『いくつもの鋭い破片』で、時代は80年代舞台はLA、作者による私小説風な語りにより展開していく。主人公は名門高校の最終学年に通うのだが、17歳にしてすでにクルマを運転し、男女入り乱れたセックスにドラッグきめ放題と、彼我の違いにクラクラしたものの、なにせ主人公は作者の分身ゆえスティーヴン・キングの最初の二作『キャリー』と『呪われた町』はほぼ暗記しているという筋金入りのの大ファン、いまは映画版『シャイニング』の公開を待ちわびている、てな冒頭付近の記述でついつい前のめりとなってしまった。ましてや乱れた高校最後の生活の背後にはシリアルキラーやカルト集団の暗躍があるといった世情の不穏さだ。もしかするといま40代から50代はじめあたりの読者のほうがこの空気感が伝わるのではないかと思ったのは、これまでアメリカの状況や流行は数年ないし十年おくれで日本にやってくるといわれ、たしかにその後バブル経済による狂騒を経て、90年代にオウム真理教事件、そして宮崎勤幼女連続殺人、愛犬家連続殺人、酒鬼薔薇、池田小事件と「ジャパニーズ・サイコ」の時代があったからだ。このとき中高生だったら無自覚なままトラウマが残っているかも。なによりトランプにおくれて高市が政権の座にいる現在、このB・E・エリスの物語はもしかすると過去の終わった話ではすませられないのかもなどと考えさせられた。そして、シャーロット・ヴァッセル『果てしない残響』は、イギリス上流階級の闇を描いたミステリで、MWAエドガー賞最優秀長篇賞受賞作だ。テムズ川の水死体と劇場の観客死亡事件をめぐり、ロンドン警視庁の警部が活躍する物語。なのだが、警部と帽子職人とのラブロマンスがメインで捜査模様がサブストーリーではないかと思うほどの話運びをみせている。もしかしてそういうところが受けたのだろうか。ケリー・ギャレット『偽妹』は受賞はしなかったもののエドガー賞長編賞の候補となった作品で、リアリティ番組の有名人である妹の遺体が発見され、異母姉が事件を調べていくという物語だ。ヒロインが黒人女性であり、単に事件だけでなく家族はじめ彼女をめぐる世界が語られていく。そうした現代風俗が色濃く描かれているのが特徴的だ。黒人の問題を扱った物語といえば、前回間に合わなかった昨年12月刊のパーシヴァル・エヴァレット『赤く染まる木々』が衝撃的だった。白人男性の変死体が発見されたそばに謎めいた黒人もまたあったという事件が全米で多発していく。冒頭こそ保安官が殺人事件を調査していく娯楽通俗ミステリ風な展開ながら、だんだんと現実ばなれした方へと向かう、黒人リンチを題材にした文芸ものなのだ。12月刊ではほかに、警察バディものアンデュ・デ・ラ・モッツ&モンス・ニルソン『死が内覧にやってくる』があり、スウェーデン南部ののんびりした田舎町を舞台に、不動産ブローカー殺人をめぐる物語なのだが、しっかりフーダニットものミステリとして出来上がっており楽しんだ。そしてシリーズ第五弾、マウリツィオ・デ・ジョバンニ『対立 P分署捜査班』はパン屋の店主が殺された事件をあつかっているのだが、パン製法を天然酵母に徹底したこだわったパン屋店主だったということが印象的であるとともに、P分署捜査班のひとりをめぐるサブストーリーが、前作『鼓動』のエピソードをひきついだもので、思わずうるうるきてしまった。そういえばベイリー『リッチ・ウォーターズ』でもうるうるしたシーンがあったものの、それは家族の切ない場面だったのに対し、こちらは感動的な話なのだ。こういうシーンに出会えたのもシリーズ読者ならではのよろこびで、とても幸福なことだった。と、1月刊の海外ミステリ、まだ何冊か残ってるけど次回へ。
酒井貞道
『いくつかの鋭い破片』ブレット・イーストン・エリス/品川亮訳
文藝春秋
バイセクシャルないしホモセクシャルな少年主人公(作者と同姓同名!)が1981年に織り成す、自己実現、自己確立、性衝動に塗れた一人称による青春小説。経済的にはハイ・ソサエティで、スクール・カーストでもトップ層にいる少年少女が、ドロドロして混沌に満ちた青春を展開する。年を取って記憶の中で美化した場合はともかく、実際にはそんなに良いものではない「青春」ちうもの、感情と自我が頻繁に混乱し油断すると人間として退廃や破滅に向かうその疾風怒濤を、作者は圧倒的に生々しく描き出している。感動したり共感できたりするかはさておき、素晴らしい小説であることは間違いない。『アメリカン・サイコ』の作者がこういう小説を書くとは思わなかった。しかし、それだけならミステリではない。今回オススメするのは、ミステリの要素があるからだ。主人公は、ハンサムな転校生のことを、巷を騒がす未逮捕のシリアルキラー《トローラー》ではないかと疑い始める。青春による熱と泥濘の只中で、その疑いがじわじわと緊張感を不穏に高めていくのだ。その果てに何が起きるかを、ミステリ・ファンは是非確かめていただきたい。意外とちゃんとミステリになってくれて驚きます。さすがに本格謎解きミステリとまでは言いませんが……。
霜月蒼
『いくつかの鋭い破片』ブレット・イーストン・エリス/品川亮訳
文藝春秋
B・E・エリス『いくつもの鋭い破片』とガイ・バート『タンポポ時計』の一騎打ちとなって3日間悩んでしまった。今回の公開が遅くなったのは私が悩んだせいである。
この2作、奇妙に対を成すのだ。著者が20歳そこそこでデビューを果たして高く評価された早熟の天才であること。齢を重ねた一人称の主人公が、何か恐ろしいことが起きたらしい少年時代の物語を書いているという枠組み。叙述が果たして真実のナラティヴなのだろうかという不安を漂わせる語り手の怪しい気配。それぞれの著者らしい脆くデリケートな筆致は健在ながら、過去になかったどっしりした語りで読みやすいこと。700ページに及ぼうという物量と、それをきちんと埋める実質。そして最後のミステリ的な衝撃。結果的に『いくつもの鋭い破片』を択ったのは、少年小説よりもノワールを好むという私自身の趣味にすぎない。
81年、LA。『レス・ザン・ゼロ』という小説を執筆中の高校3年生のブレットに静かに迫るシリアル・キラーの気配。エリスによる『IT』のようでもあり、前半で積み上げた細部を後半の突進のエネルギーに変換する演出法もキングのようである。けれど私を何より惹きつけたのは「LAノワール」としての佇まいだ。
エルロイに並ぶLAノワールの書き手はエリスなのではないか? その気配は前作『帝国のベッドルーム』にもあったし、それをいうなら『レス・ザン・ゼロ』からしてそうだったのだが、本書でのLAはジェイムズ・エルロイの書いたLAとほとんど地続きだ。シリアル・キラーとヒッピー・カルトと真っ暗なクラブと虚ろなブルーでライトアップされた邸宅とが漠然と点在し、動き回る「大いなる空虚」としてのロサンジェルス。そのとらえどころのない不穏が、本書にはみっちり詰まっている。
そしてその不穏は、ノワール・ファンを魅了してやまない『ビッグ・ノーウェア』の、ダニー・アップショーを囲繞した圧倒的不安と、何と似ていることだろう!
杉江松恋
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『いくつかの鋭い破片』ブレット・イーストン・エリス/品川亮訳
文藝春秋
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日本では2014年に翻訳が出たエリスの前作『帝国のベッドルーム』はデビュー作『レス・ザン・ゼロ』の主人公たちが中年を迎えた時という続篇で、駄作とは言わないものの、これを今読まなくてもいいかな、と思わせる再生産作であった。正直、もうエリスは読むことがないかな、とまで思ったのである。もともとこの作家は物語性というものに向ける意識が皆無であり、断片をそのまま呈示したり、意味の取りづらい連なりを見せて読者に解釈をゆだねたり、ということをよくやった。だから短篇集『インフォーマーズ』のほうが長篇群よりはよほど好みで、本質的には短篇作家なんじゃないか、と思ったいたほどである。
そのエリスの本国では13年ぶり、邦訳書としては16年ぶりの新作長篇だというのだから、おっかなびっくり読んだ。読まないわけにはいかないのだ。だってあの『アメリカン・サイコ』の作者なのだもの。
読んでみて驚いた。うわっ、エリスがスティーヴン・キングになっている。というか『キャリー』みたいだ。視点人物はロサンゼルスの高級住宅街マルホランド・ドライブに住む17歳のブレット・イーストン・エリス、作者の分身とも言える少年で、自分には作家としての自我が宿っているという信念を持っており、現在『レス・ザン・ゼロ』なる作品を執筆中だ。彼は誰にも言えない秘密を抱えている、と序盤で告白する。どうやらそれはホモセクシュアルであるということらしいのだが、物語内時間は1981年に設定されているので、もちろん現在よりも同性愛者に対する偏見は強いのである。
ある日エリスは、『シャイニング』の映画化作品を観に行き、原作と全然違う、とがっかりする。その映画館で出会った美貌の少年・ロバートに彼は強迫観念といってもいいほどの執着を抱くようになる。ロバートが同じ高校に転入してくると、なぜかロサンゼルスを騒がせている連続殺人鬼の正体は奴なのではないかという疑念を抱くようになり、彼の身辺を探り始めるのである。
少年期のトラウマとなった殺人事件を大人の主人公が回想するという構成は言うまでもなくキング『IT』のものだし、作中に「僕キング大好き」ということを示す標識がたくさん置かれている。そうか、本当はこういう小説も書ける人だったのか、と感心しながら読んだが、『アメリカン・サイコ』で顕著だった過激な性描写が頻出するし、露悪性にうんざりする読者も出そうだ。万人向けとは言えない小説なのである。
永嶋俊一郎氏との「現代の犯罪小説 modern crime club」でも指摘したことだが、エリスの小説作法には、ポルノグラフィを連想させる部分がある。人格を無視し、人間を徹底的に物体として見ようとすることがあるからだと思うが、エリスがデビューした1980年代前半は、アメリカの成人映画界にダーク・ブラザースが登場した時期と被っている。ダーク・ブラザースはポルノグラフィにMTV的要素を持ち込み、性交場面を一つのプロモーション・ヴィデオのように撮影した。これが後続に影響を与え、オルタナティヴ・ポルノの潮流を産んだのである。エリスが文中でヒットナンバーや映画に言及するのもむべなるかな、である。エリスがダーク・ブラザースから影響を受けたと言いたいわけではなく、MTVの申し子なのではないか、と思っている。
もう一つ、ポルノグラフィ小説の原点には英国ピカレスク小説があるはずで、『吾輩は蚤である』『我が秘密の生涯』といった作者不詳の名著には明らかにその影響が見てとれる。片や犯罪小説にも同じ起源があるわけで、エリスはその両方の系譜を受け継ぐ正嫡子であるのかもしれない。犯罪小説とポルノグラフィの関係にまで思いを馳せたくなる、本書はそういう作品であった。
蓋を開けてみればお久しぶり作家やベテラン勢に票が集まることに。これも今の風潮なのかもしれません。次月はいったいどうなりますことか。どうぞお楽しみに。(杉)
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