書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

しかし、今年の翻訳ミステリーは本当に傑作揃いですね。八月以降の勢いは少しも衰える気配がありません。このまま年末までラッシュは続くのでしょうか。七福神今月お薦めの一冊をお届けします。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『エアーズ家の没落』サラ・ウォーターズ/中村有希訳

創元推理文庫

 没落した名家で続発する不可解な現象。一家を滅びに導くのは邪悪な霊か、病んだ心か。陰鬱な雰囲気を醸成する洗練された文章、繰り広げられてきた物語の色合いを一変させるラストの衝撃、そして読後いつまでも尾を曳く恐怖。ウォーターズは百合要素抜きでも凄腕の作家だった。

川出正樹

『愛おしい骨』キャロル・オコンネル/務台夏子訳

創元推理文庫

 複雑かつ精緻なプロット、独創的な登場人物、うねり脈打つ幻想感漂う文体。あの超絶技巧傑作『クリスマスに少女は還る』の作者が還ってきた! スモールタウンを舞台にした眠れる殺人(スリーピング・マーダー)を巡る、この〈狂おしいまでの愛の物語〉は、今月どころか今年度最高の一冊だ。自信を持って断言する。ミステリに限らず小説が好きな人ならば、これを読まないという選択肢はありえない。

吉野仁

『フランキー・マシーンの冬』ドン・ウィンズロウ/東江一紀訳

角川文庫

 もはや巨匠の貫禄で描き上げた、完璧なマフィア小説。映画化の必要など一切ない。なにせ読めば場面ごとの情景が鮮やかに立ちあがってくるのだ。愛おしくなるような登場人物たちの印象深いエピソードの数々が素晴らしい。どこまでも洒落てる極上のクライム・ノヴェルだ。

霜月蒼

『五番目の女』ヘニング・マンケル/柳沢由美子訳

創元推理文庫

『白い雌ライオン』のごとく巨きなパースペクティヴを、『殺人者の顔』のごとき地を這う物語として描き、『リガの犬たち』のごとき繊細だが骨太な男気と悲しみをにじませる。そしてエピローグで描かれる断絶! マンケルは真摯なペンという棍棒で読者の魂の後頭部を殴る。衝撃の傑作。

杉江松恋

『愛おしい骨』キャロル・オコンネル/務台夏子訳

創元推理文庫

 ミステリーを読むときの最大の喜び——五里霧中の空間にささやかな灯りを持って入り、だんだんと周囲が見えてくるような感覚を、本書は提供してくれる。驚いたのは、英国探偵小説伝統の奇人ミステリーの骨格も供えていたことだ。装いは新しいがこれは、エドマンド・クリスピンやグラディス・ミッチェルの衣鉢を継ぐ小説でもあるんじゃないのかな。

村上貴史

『フランキー・マシーンの冬』ドン・ウィンズロウ/東江一紀訳

角川文庫

 語り口は『犬の力』の延長線上にあるが、より個人にフォーカスした作品。かつて凄腕の殺し屋だったフランク・マシアーノという62歳の男が事件に巻き込まれる様を現在視点で描きつつ、そこに、その事件の源流を含む過去の描写が混じる構成の本書。現在と過去のバランスも絶妙だし、両者の切り替えのタイミングも絶妙。そして、それらが溶けあうクライマックスから結末に至る流れも実に美しい。またしてもウィンズロウ作品に満足させられた。

北上次郎

『湖は餓えて煙る』ブライアン・グルーリー/青木千鶴訳

早川書房

 新聞記者小説で、スポーツ小説で、青春小説で、家族小説で、そしてもちろんミステリーだが、しかしいちばんは主人公を始め登場人物がいきいきとしていることと、回想シーンが素晴らしいことだ。記念すべきシリーズ1作目の登場だ。   

第二回翻訳ミステリー大賞の投票も始まりました。これからも優れた翻訳ミステリーをどんどん紹介していきます。来月もこのコーナーをお楽しみに。(杉)