書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

10月の報告も遅くなってしまいました。申し訳ありません。現時点ではすでに各種ランキングの集計も終了し、あとは媒体が刊行されるばかり、ということになっていると思います。ちょっとした小休止の時期かもしれません。しかし、相変わらず刊行される作品は傑作揃い。今月も、七福神今月お薦めの一冊をお届けします。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『パニック・パーティ』アントニイ・バークリー/武藤崇恵訳

原書房

 無人島に漂着した十五人を襲う怪死事件、疑心暗鬼、そして集団パニック。ここで暴かれるのは事件の謎ではなく人間の本性……。そんな緊迫した物語にもシニカルな笑いを濃密に塗り込めるのがバークリー流で、特に懐中電灯についた指紋のくだりには大笑いさせられた。

吉野仁

『時の地図』フェリクス・J・パルマ/宮崎真紀訳

ハヤカワ文庫NV

 H・G・ウエルズが登場するタイムトラベルもの? ならば科学空想小説なのか、と思って読み始めたところ、次々と予想をくつがえす展開ばかり。まさか、こんなにロマンスと不思議がいっぱいの痛快な物語だとは。19世紀末ロンドンへ楽しい旅がしたい人、必読ですぞ。

北上次郎

『時の地図』フェリクス・J・パルマ/宮崎真紀訳

ハヤカワ文庫NV

 19世紀末のロンドンを舞台にした仕掛けたっぷりの小説。切り裂きジャックに恋人を殺された男が、西暦2000年へのタイムトラベルをビジネスにしている時間旅行社に「過去への旅はできません」と断られたあと、H・G・ウェルズが密かに持っているとの噂のタイムマシンを借りて過去にもどり、切り裂きジャックを殺せば恋人を助けることができると考え、ウェルズを訪ねていくのが第一部。ここからきわめつけのへんな話が始まっていく。へんな話を好きな方に超おすすめだ。   

霜月蒼

『ロードサイド・クロス』ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳

文藝春秋

 もう十分有名なんだから挙げなくてもいいんじゃないかと迷ったが、今月いちばん面白かったのだから仕方ない。何でこうも質が落ちないのか、何でこうもサスペンスフルなのか不思議だ。ハナ差で2位は『デクスター 夜の観察者』(ジェフ・リンジー/ヴィレッジブックス)。シリアルキリング・ハードボイルドが何と伝奇小説化!

川出正樹

『ロードサイド・クロス』ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳

文藝春秋

 〈リンカーン・ライム・シリーズ〉が、静から動への絶妙な転換が生むスリルと意外性により読者を翻弄する点を重視しているのに対して、〈キャサリン・ダンス・シリーズ〉は、キネクシスという一見特殊に見える能力を付与しながらも実は地道な推理を主体とした謎解きものの面白さに重点を置いている。しっかりと伏線を張りつつ着想外の真相を提示して、あっと驚かす手腕は実に見事。

杉江松恋

『ロードサイド・クロス』ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳

文藝春秋

 『パニック・パーティ』とどっちを入れようか一瞬迷ったが、現代の小説であるということを配慮してこちらに。二転三転する犯人当ての小説として楽しく読んだ。いちばんの関心はこれがネット世界を舞台にした「同調圧力という暴力」を描いた作品ということだった。匿名の発言者が集まる世界では、「あいつは悪い奴なんだから悪い」という最悪の形の魔女狩りが発生する可能性がある。それを皮肉って見せた手腕に、作者のユーモアと良心を感じたのであった。10月は例の東京都青少年健全育成条例について考える機会が多かったから、なおさらでした。

村上貴史

『ロードサイド・クロス』ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳

文藝春秋

《リンカーン・ライム》シリーズからスピンオフしたシリーズの長篇第2弾。ボディ・ランゲージを読み取る能力を武器とする捜査官・キャサリン・ダンスが、ネットの世界(ブログやオンラインゲーム)と現実社会の両面で奮闘するという趣向がまず魅力。そこにディーヴァーが得意とする強烈なサスペンスが加わっていて実に心地よい。トッピングとして、実際にウェブサイトを小説に関連付けるという試みもあり、それもまた愉しい。

 というわけで二強に票がくっきりと分かれた月になりました。いよいよ第二回翻訳ミステリー大賞の投票も大詰めです。年末に向けてさらに情報発信をしていきますので、来月もこのコーナーをお楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧