書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

いつのころからか、11月にはミステリーがあまり刊行されないという不思議な慣習ができてしまいました。しかし貪欲な読書家は、一休み、中休みなどといわずに良書を探し求めているのです。またもや少々遅くなってしまいましたが、翻訳ミステリー読みたちが自信をもってお薦めする11月のお薦め本をぜひご覧ください。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『バウドリーノ』ウンベルト・エーコ/堤康徳訳

岩波書店

 貧しい農民の息子から神聖ローマ皇帝の養子になった男の、波瀾万丈を極めた一代記。精細なリサーチに基づく歴史小説と、幻獣やフリークスが出没するファンタジーが結合し、冒険と知略がしのぎを削る戦記小説に、不可能犯罪テーマの本格ミステリが寄り添う。史実と空想の境界線で楽しく遊ぶ術を知り尽くした巨匠エーコだからこそ書けた傑作だ。

霜月蒼

『バットマン:アーカム・アサイラム 完全版』グラント・モリソン+デイブ・マッキーン/高木亮・秋友克也・押野素子訳

小学館集英社プロダクション

 11月は翻訳ミステリの出ない月。てことで狂気の美麗イラストで綴るバットマンの地獄めぐりを。ハードボイルドな『ダークナイト・リターンズ』『イヤーワン』を読んだら、サイコ・ノワールなこれも是非。現代ヒーローを考える上でバットマンは避けて通れません。

村上貴史

『心理検死官ジョー・ベケット』メグ・ガーディナー/山田久美子訳

集英社文庫

 サンフランシスコを舞台にしたスリルたっぷりのサスペンス長篇を満喫した。かけっこだったりカーチェイスだったり、動きの激しいシーンで特に作者の筆が冴えている。前半では事件の設定に安直さが感じられたが、後半に至って実はそこにも作者のある思惑があったことが判って感嘆。ディーヴァー絶賛というのも頷ける一冊だ。

吉野仁

『心理検死官ジョー・ベケット』メグ・ガーディナー/山田久美子訳

集英社文庫

 謎の有名人怪死事件を追う精神科女医ジョーの奮闘を描いたスリラー。良くいえば冒頭から外連味に満ちており、全体にどこか妙な歪み感が漂っているあたりが面白い。しかし悪くいうとつっこみどころも多い。とくに「勘違い日本文化」の部分がおかしかった。

川出正樹

『グラン=ギニョル傑作選 ベル・エポックの恐怖演劇』真野倫平編・訳

水声社

 溢れる狂気、壊される肉体。怪しい男女が織りなすドロドロの愛憎劇は、気まぐれで酷薄な神が振り下ろした大斧に断ち切られたかのごとく、唐突に終わりを迎え、無惨な断面をさらして読む者の眼の前にごろりと横たわる。ベル・エポックのパリに咲いた七つの徒花と六十篇の梗概、詳細な解説と書誌を加えた全猟奇人必読の一冊。

北上次郎

『ゾーイの物語』ジョン・スコルジー/内田昌之訳

ハヤカワ文庫NV

 宇宙活劇の傑作「老人と宇宙」3部作が完結したと思ったら第4部が刊行。これは第3部『最後の星戦』を少女の視点から描くもので、ラストに思わぬ感動が待っている。若い読者にはこちらをおすすめしたいが、還暦過ぎの男性読者には第1部を超おすすめ。特に128ページは必読。   

杉江松恋

『真夜中のギャングたち』バリー・ユアグロー/柴田元幸訳

ヴィレッジブックス

 超短篇の名手が、自らが偏愛するヤクザ・ギャング映画の風景を題材にして書いた四十七の短篇たち。いつも通り、ごく短い断章の中に人生がぎゅっと濃縮されているが、ほとんどの登場人物がギャングであるというのが本書のミソ。ギャングの身の上に襲いかかる唐突な死も、ユアグローが書くと奇怪なユーモアに溢れたものになるのです。

 少々、どころではない変則的なラインアップの月になりました。脚本集まで入っていますね。たまにはこういうのもいいのではないでしょうか。年末に向けてこれからまた本が出始める時期です。次回もこのコーナーをお楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧