日本で紹介されているティム・マリーニー(Tim Maleeny)の作品は、今のところハーラン・コーベン編集の短編集『殺しが二人を別つまで』(早川書房)に収められている「死が二人を別つまで」一作ですが、マリーニーはこの他にサンフランシスコを舞台にした私立探偵ケイプ・ウェザーズのシリーズを三作発表しています。
長編デビュー作 STEALING THE DRAGON(2007)は、中国からの密入国者を乗せた貨物船がアルカトラス島へ座礁する場面から幕を開けます。乗組員が鮮やかな手並みで殺害されていることを見て取った刑事のボウ・ジョーンズは友人であるケイプの相棒、武術師範のサリーの関与を疑う。しかしサリーの行方は杳として分からない。
市長選挙を控えたサンフランシスコではチャイナタウンの有力者、ハロルド・ヤンが立候補を表明。密入国者たちの受け入れ先はチャイナタウンだと推理したケイプはヤンと面会、地元の顔役であるフレディ・ワンとの会合をお膳立てしてもらう。
しかし、あまり実りのない会合を終えたケイプが車に戻ると爆弾が仕掛けられており、その上フレディのボディガードが首の骨を折られて転がっていた。
続く BEATING THE BABUSHKA(2007)の冒頭では、数々の話題作を製作した〈エンパイア・フィルムズ〉のプロデューサー、トム・エイブラハムスが金門橋から転落死する。警察は自殺と発表するが、同僚のグレース・ゴールドはそれに納得出来ず、大学時代の友人から紹介されたケイプに事件の調査を依頼する。
ケイプは先ずグレースを警察に出頭させ、友人の記者、リンダ・カッツにその件を記事に仕立ててもらう。警察が殺人事件として本格的に捜査を開始した、と真犯人に思わせるための奇策だったが、ほどなくしてロシア人の二人組、少佐と名乗るアンドロポフとその部下のウルサがケイプの事務所を訪れ、調査から手を引くよう警告する。
捜査を進めた警察はトムの部屋に残されていた撮影済みフィルムの缶から麻薬を発見、トムに麻薬の運び屋としての嫌疑がかけられる。一方、尾行者に気付いたケイプは相手を捕えて情報を引き出そうとするが、男は何者かに射殺されてしまう。
そして第三作はメキシコを舞台にした GREASING THE PINATA(2009)。ケイプは依頼人のレベッカ・ロウリーから弟のダニーを探してほしい、と依頼を受ける。彼女は突然政界から引退したドブス州議会議員の娘だが、父親との折り合いが悪く、母の旧姓を名乗っていた。ダニーを心配するあまり十年振りにドブスに連絡を取ったレベッカだが、彼もまた失踪していることが判明する。
薬物依存症だったダニーがメキシコに渡ったらしい、という手がかりをつかんだケイプは後を追うが、バラバラ死体がリゾートホテルの敷地から発見される。ダニーである可能性が高いが、損傷が激しい上に遺体も複数見つかっており、身分を特定するには検死解剖の結論を待たざるを得ない。
レベッカの依頼に応えられず落胆するケイプだが、突然現れた男たちに拉致され、犯罪組織を率いるサリナスの許へと連行される。サリナスもダニーに貸しがあるようで、ケイプはもう一人依頼人を抱える羽目になる。
このシリーズはタイトルに各々 DRAGON(古来から中国皇帝のシンボル)、BABUSHKA(ロシア語でおばあさん)、そして PINATA(厚紙で作られたメキシコの福人形)と様々な国との関わりが暗示される単語が入っており、物語の内容も国際色豊か(?)です。
また PINATA の依頼人であるレベッカは BABUSHKA に登場するグレースの「大学時代の友人」、BABUSHKAで展開された「ロシア人がらみの事件」について DRAGON の冒頭でケイプが思い返す、といった具合に一作毎に過去に遡る構成となっています。
ケイプは沈思黙考して謎を解決することも、力で敵をねじ伏せることもしません。荒事は相棒に任せ、依頼人を警察に出頭させる等、突拍子もない行動に出て相手を挑発するのが信条です。
その相棒のサリーはアメリカ人の父と日本人の母を持ち、香港の犯罪組織に暗殺者として養成された過去を持っています。彼女の生い立ちは DRAGON で詳しく語られますが、体術は勿論、様々な武器を自由自在に操り、変装の名人でもある頼もしいボディガードです。 DRAGON は主にケイプが活躍する物語となっていますが、他の二作ではそれを補って余りある存在感を発揮しています。
元新聞記者という経歴を持つケイプを調査面で補佐するのが、記者時代に知り合ったリンダ・カッツとスロス(sloth:ナマケモノの意)。超一流のハッカーであるスロスはあらゆるデータベースや会社のシステムに侵入して、その情報を敏腕記者のリンダが分析する、という理想的なチームです。
私立探偵小説の大きな魅力は主人公の減らず口ですが、このシリーズもその点では特に優れています。ケイプは相手構わず軽口を連発、ボウやサリーとは掛け合い漫才のようなやりとりをかわし、コーベンを髣髴とさせる会話の連続で読者を大いに楽しませてくれます。
「死が二人を別つまで」を舞台劇とすると、このシリーズはアクション/コメディー映画となりますが、軽快なテンポで展開される現代的な物語がお好きな方にはお薦め出来る作品ばかりです。
●ティム・マリーニー公式サイト→ http://www.timmaleeny.com/
寳村信二(たからむら しんじ)20世紀生まれ。訳書は『オーロラの魔獣』(リンカーン・チャイルド)。飽きっぽい性格にもかかわらず、7年前に始めた合気道だけは続けている。楽しみはNFL、『水曜どうでしょう』と『How to モンキーベイビー』。