※このコラムには東野圭吾の『白夜行』『容疑者Xの献身』、映画『少年的你』及び小説『少年的你,如此美麗』などの作品のネタバレが含まれています。

 

■大ヒット映画の原作に盗作疑惑

 中国で東野圭吾が熱い。ブームなのは数年前からずっとそうなのだが、ある映画の上映がきっかけとなり、先月から東野圭吾にまたしても注目が集まっている。
 話題の発端となったのは、10月25日から中国で上映されている『少年的你』(仮訳:若いあなたに)だ。大学受験のプレッシャーや過酷さ、イジメ、少年犯罪など今の10代の若者を取り巻く社会問題をテーマにしたこの映画の原作小説『少年的你,如此美麗』(仮訳:若いあなたはこんなに美しい)が、かねてより東野圭吾の『白夜行』『容疑者Xの献身』及び他作品を盗作しているという疑惑が上がっており、映画公開がきっかけとなり炎上が可視化したというところだ。ここでは映画のあらすじを紹介してみよう。

 2011年の安橋(架空の街。モデルは重慶)、大学受験を間近に控えた高校3年生の陳念は、クラスメイトの魏莱らからひどいイジメに遭って自殺した胡暁蝶に同情を示したことで、次のイジメのターゲットになる。生来我慢強く成績優秀な彼女は、受験に合格すれば北京で大学生活が送れると信じてイジメに耐え、受験への影響を心配して警察に胡暁蝶の自殺の原因を言わなかった。
 ある日、陳念は道端で不良同士の喧嘩を目撃し、警察に通報したところを見つかってしまい、一方的にやられていた劉北山(小説では北野)と無理やりキスをさせられる。結果的に彼をリンチから救った形になり、それ以降、劉北山は彼女の前に現れるようになる。そして警察官の鄭易にイジメの事実を話し、魏莱らが停学処分を受けたことで、ようやく落ち着いた学園生活が送れるようになったのもつかの間、陳念への憎しみを募らせた魏莱らがますます苛烈な方法を取るようになる。母親が出稼ぎに行っていて周囲に頼れる人が誰もいない陳念は、学校にも行かず川辺の小屋に住む劉北山にボディーガードを頼む。
 それから陳念劉北山に登下校を遠巻きに見守ってもらいながら、放課後は彼とバイクに乗ったり街を出歩いたりし、夜は彼の家で受験勉強をし、初めての青春を楽しむ。だが劉北山が強姦事件の容疑者として警察に勾留されていた日に、陳念の前に魏莱らが現れる
……

 

 映画は原作を大幅に改変したもので、その結果社会問題性が強くなったのだが、東野圭吾要素も強くなったように感じられる。だが盗作疑惑は、原作がネットで連載され書籍として出版された2015~2016年頃からすでにあったらしい。ちなみに、ここで言う東野圭吾要素とは『白夜行』や『容疑者Xの献身』的な特徴を指す。

 中国のネットには、下記の表のように小説『少年的你』と『容疑者Xの献身』の内容や展開を比較した画像が挙げられ、盗作疑惑をより固めている。

 陳念と劉北山の関係性が『容疑者Xの献身』の花岡靖子と石神に見えることが盗作疑惑の発端と言って良いだろう。物語後半、劉北山は陳念をかばい、魏莱殺害の犯人として警察に捕まり、陳念に捜査の手が及ばないよう他人のふりをする。愛する人の罪をかぶって捕まり、そしてという展開は、『容疑者Xの献身』を思わせる。また、優等生の陳念と不良の劉北山が周囲の誰にも知られずに仲を深めていくという展開から『白夜行』要素が見える。

 だがこの表は書き方がアンフェアであり、実は同様に相違点も列挙できるのである。
 私が最大の相違点と感じている部分は、小説『少年的你』では陳念(要するに花岡靖子)が殺人を犯さない点だ。陳念は魏莱を刺すが、それは致命傷にはならず、魏莱殺害犯は他にいる。だが劉北山には理由があって陳念を事件と無関係にさせなければいけなかったため、魏莱殺害の罪をかぶるだけではなく、魏莱を殺害した真犯人を殺害する。また、2人は『白夜行』のように子供の頃からの付き合いではない。

 しかし、映画版『少年的你』では陳念が本当に魏莱を殺し、劉北山が彼女をかばって魏莱の死体を遺棄するというストーリーになり、2人は真の共犯者になる。そして劉北山は陳念を被害者にするために強姦犯になりすまして彼女を強姦しようとしたところを警察に捕まり、魏莱の殺人を自供する。陳念は大学受験に合格し、大人になって劉北山の出所を待つという約束を守るため、警察に真実を決して語らない。このように映画では劉北山の献身や陳念の葛藤がよりストレートに現れる。

 このままだと身代わり出頭の完全犯罪が成立してしまうが、そこは中国が舞台の映画だ。結局陳念は重刑が予想される劉北山を守るために魏莱殺害を打ち明ける。

 だから原作を改変したと言う映画版こそ『容疑者Xの献身』要素がより濃く見えるのだが、上映後もずっと問題視されているのは原作小説の方だ。確かに小説には他にも疑わしい点が多々あり、作中に出てくる「共生」という言葉からは『白夜行』、映画鑑賞でアリバイを作ろうとすることからは『容疑者Xの献身』の影響が伺える。

 

■原作者と監督はそれぞれ疑惑を否定

『少年的你』原作者の玖月晞は盗作疑惑の炎上を受けて、11月4日に自身の微博で声明を発表し、「自分は今まで盗作をしたことがなく、文字に関わる人間として持ち合わせている初心、原則、最低ラインに背いたこともない」と書いている。また、映画監督の曾国祥は10月27日の記者会見で「『白夜行』は知っているが読んだことはない」と述べている。だがこの釈明はどちらも不十分であり、玖月晞は東野圭吾に影響を受けたかどうかを具体的に答えておらず、曾国祥は作品の内容と『容疑者Xの献身』や『告白』(陳念と劉北山が無理やりキスさせられるシーン)との類似を説明できていない。

『少年的你』の興行収入は11月18日時点で14億元(約217億円)を超え、今年度中国国産映画興行収入ランキングトップ10に入っている。しかし一方で炎上も留まることなく、日本語でTwitterを投稿してこの問題を日本側(東野圭吾本人)に伝えようとするなど、規模がますます広がっている。そして、11月13日までに講談社や集英社にメールを送って返信をもらったという報告も出ているので、この問題は今後日中の出版業界にまで拡大するかもしれない。だが日本側(東野圭吾)が盗作を訴えたところで勝てる保証はない。

 

■足りなかったのはリスペクト?

 私はこの炎上を鎮火させる気もなければ、盗作疑惑に反論する気もない。だが現在の中国の小説界、特にミステリー小説界隈を見た時、果たして指摘されるのは『少年的你』だけでよいのかと考えてしまうのだ。なぜなら、中国で東野圭吾的な作品はこれ一つだけではないからだ。

 帯に堂々と「東野圭吾に捧げる 中国版『白夜行』」と書かれた小説『白夜救贖』。中国のハルピンを舞台にし、中国東北版『白夜行』と呼ばれた映画『白日焔火』。その映画に似ていると評された小説『為她準備的好躯殻』。

 また、私が翻訳した紫金陳の『知能犯之罠』(原作タイトル:設局)は、大学の同期だった天才捜査官と知能犯が知恵比べをするという、『容疑者Xの献身』の湯川と石神そっくりの設定だ。中国語版ネット小説のあとがきに作者が「東野圭吾に敬意を表した作品」と書いているので、別に隠す気はないようだ。また同じ作者の『無証之罪』は、殺人を犯した若者のために見ず知らずの元公安が偽装工作をするという、またもや『容疑者Xの献身』を意識した作品だ。しかし、偽装工作の裏に真の目的が込められており、『容疑者Xの献身』を知っている読者ならより驚愕するという真相が隠されている。

 また、こっちの作家から「東野圭吾や社会派ミステリーの影響を受けた」作品を読ませてもらったこともある。中国では東野圭吾、特に『容疑者Xの献身』や『白夜行』は作家にとって参考に値する作品だ。そして出版社にとってはキャッチコピーに使われ、中国版の『白夜行』や『容疑者Xの献身』があふれ、「中国の東野圭吾」と呼ばれる作家も少なくない。

 しかし私が知る限り、それら東野圭吾を意識した作品が今回の『少年的你』のような批判を受けたことはない。この違いは何なのだろうか。原因の一つとして挙げられるのがリスペクトの有無だろう。小説『少年的你』の出版時に、帯に「中国版『容疑者Xの献身』」とか書いて、影響を受けたことを明記していれば、今ほどの盗作騒動にはならなかったのではないか。

 

『少年的你』と『白夜行』を並べて売る本屋

 

■深刻化する東野圭吾フォロワー

 さらに最近、もっとストレートに東野圭吾を意識した作家が現れた。葵田谷は長編小説『月光森林』では『白夜行』の、中短編小説集『金色麦田』はそれぞれ『悪意』『秘密』『仮面山荘殺人事件』『容疑者Xの献身』の二次創作のような作品を書いている。『月光森林』はいわば、「『白夜行』の設定を使って自分なりの『白夜行』を書いてみました」という焼き直しのような内容だ。だが葵田谷は東野圭吾からの強い影響を受けたことを隠さないばかりか、インタビューでは、「読者が自分の小説と東野圭吾の小説に似ている所を見出だせなければ、それは私の徹底的な失敗」と、開き直りにも聞こえる発言をしている。

私個人としては、玖月晞より葵田谷の方が掘り下げるにふさわしい作家だと思う。

『月光森林』と『白夜行』をセット販売するネット本屋

『少年的你』盗作疑惑が大きくなる中、ネットでは「融梗」(Rong geng)という聞き慣れない言葉が頻出した。説明が難しい言葉だが、あるコメントを引用すれば「様々な作品のストーリーの構造、パターン、展開、考え方など良い部分を取り込み、不要な部分を取り除く行為」であり、「参考以上、盗作未満」という行為が近い。

 玖月晞は上述の盗作疑惑否定コメントの中で、自分は「融梗」をしたことがないと述べた上で、このように述べている。「『融梗』に一致した基準がなかったため、この言葉は徐々に『心証』的なものになった。このような時にはより専門的な人がこの問題を調査し、解決する必要がある」

 この言葉は玖月晞の本心だろう。中国で『容疑者Xの献身』や『白夜行』があまりに有名になりすぎたため、「愛する人のために犯罪を犯す」「愛する人のために捕まる」などのストーリーが東野圭吾リスペクトとして見られかねない。そして、盗作だと思われたら最後、確固とした証拠がなくても盗作扱いされてしまう。このような状況を後押ししているのは、東野圭吾の名前を借りて読者に売り込み、アピールする出版社だ。

 

■真の中国版泣けるミステリーを

 実は当初は『少年的你』の映画感想とかを書くつもりだったのだが、あまりにも盗作疑惑の話題が大きく、もうまともな評価ができそうになかったので、この騒動の過程や背景について書いてみた。

 今回、『少年的你』の炎上がここまで大きくなった理由は主に三つある。

 一つ目は、中国でネット小説の盗作疑惑が相次いでいることだ。『三生三世十里桃花』や『錦繍未央』など、映像化までする有名なネット小説には盗作疑惑が絶えず、今も少なくない作品が疑われ、ネットで検証されている。
 二つ目は、興行収入の大きさだ。上述した通り、映画は11月18日時点で14億元という興行収入を記録。盗作疑惑のある原作を基にした映画でこんなに儲けるのは許さない、という正義感が発揮された形になった。ちなみに、2017年3月31日に公開された中国版映画『容疑者Xの献身』の最終的な興行収入は4億元だそうだ。
 三つ目は、中国における東野圭吾のネームバリューの高さだ。中国では、中国のミステリー小説は読まないけど東野圭吾作品は読むという人が多く、『容疑者Xの献身』も『白夜行』もよく知られた作品だ。だから、似ていることを指摘できる人間が多い。また、今までのネット小説の盗作疑惑と異なり、海外作品の盗作に恥ずかしさを覚えた人が騒動に参加したのも独自の特徴だろう。

 今回、東野圭吾作品に似ていると噂されていた小説が映画化され、大ヒットしたことで、国際社会をも巻き込もうとする騒動にまで発展し、香港民主化デモに関するデマまで生まれた。

 中国共産主義青年団アカウントが、『少年的你』盗作疑惑は国際社会による意図的な騒動であり、香港の「司法の独立」と「香港独立」を支持する動きであるので、我々は『少年的你』を支持すると発表した、というスクショ。だが速攻でデマだと判断され、中国共産主義青年団アカウントも正式に否定している。

 東野圭吾的要素があれば売れるが、大反発も予想されるようになった今、中国映画界は今後も東野圭吾的作品を映画化するのだろうか。映画化された場合、その質や評判が高ければ高いほど、『少年的你』同様に東野圭吾の読者たちからの反発を食らい、原作者や監督、ひいては出演陣にまでダメージが及ぶ。
 一番の問題は、感動的なミステリーを濫造し、東野圭吾的作品をプッシュする出版業界にあるだろう。感動的な作品は売れるし、映像化しやすいのかもしれないが、これを機に『容疑者Xの献身』や『白夜行』の影響が色濃い作品を書くのをやめ、中国の作者も出版社もいい加減、東野圭吾離れをしたらどうだろうか。

 

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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