書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 外出するのも億劫な厳寒の季節になりました。何か一冊、長すぎる夜のために、とお考えの方に、今月もこのコーナーをお届けします(遅くなってごめんなさい!)。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『ミステリウム』エリック・マコーマック/増田まもる訳

国書刊行会

 小さな町で連続する忌まわしい事件。取材のため訪れた見習い記者は真実を垣間見ることができるのか? 謎は解けるかに見えて深まり、いつしか虚実の境すらも融かしてしまう。甘美な毒のように抗い難い魅力に溢れた、マコーマックならではの危険な作品世界。

川出正樹

『死刑囚』アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム/ヘレンハルメ美穂訳

RHブックス+

 帯も紹介文もあとがきも一切見ずに予備知識ゼロで読むべし。アメリカが信奉する正義の喉元に、その根幹を成す「死刑制度」がはらむ問題点を突きつける、重量級の刃物のごときヘビーかつサスペンスフルな警察小説だ。そして、言葉を呑むしかないラスト。やられました。警察小説好きのみならず謎解きミステリ・ファンも必読の傑作。

吉野仁

『死を騙る男』インガー・アッシュ・ウルフ/藤倉秀彦訳

創元推理文庫

インガー・アッシュ・ウルフ『死を騙る男』藤倉秀彦訳(創元推理文庫)

 奇怪な殺人の一部始終が緻密に描写された冒頭シーンをはじめ、内外多くのトラブルをかかえた初老の女性警察署長を中心とする警察側や被害者家族らの姿が印象深いエピソードとともに丹念に物語られているため、全編にわたり異様な迫力と読みごたえを感じた一作。

北上次郎

『矜持』ディック・フランシス&フェリックス・フランシス/北野寿美枝訳

早川書房

 2010年に90歳で亡くなったディック・フランシスの最後の作品。次男フェリックスとの共著になってからまた面白くなっていたのだが、これでもう読むことが出来ないのかと思うと、複雑な感慨がある。今後はフェッリクスの単独作品に期待したい。

霜月蒼

『死刑囚』アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム/ヘレンハルメ美穂訳

RHブックス+

 バッドエンドの帝王の第三作。ジャーナリスティックな前2作と趣を変えた技巧的傑作。無論、底なしの絶望エンディングが待つ。だが、ここにあるのはサブカル臭い半笑いの「鬼畜」趣味ではない。「イヤ」な「ミステリ」でしか描けないもの。それが描かれているから素晴らしい。

杉江松恋

『死刑囚』アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム/ヘレンハルメ美穂訳

RHブックス+

 好みの作家が知る人ぞ知る存在から広く評価される人気者へと変わる瞬間に立ち会っているのかもしれない。ある死刑囚をめぐる哀切なドラマがミステリーならではのプロットによって光輝を放ち、読者の心に忘れがたい印象を残す。陰鬱で手にしづらい印象のある作者だが、スリリングで、エンターテインメントとしても十分に魅力的だ。読書家であれば、無条件に読むべき一冊だと思います。

村上貴史

『脱出山脈』トマス・W・ヤング/公手成幸訳

ハヤカワ文庫NV

 極寒のアフガニスタン山地を舞台にした冒険小説。特に、主人公の空軍少佐が相棒となる軍曹(現地語の専門家である女性だ)とともに、寒さのなかで知力気力を振り絞って生き延びつつ、敵と闘う姿の描写が秀逸である。紋切り型の勧善懲悪小説でない点も嬉しい。ときおり顔を出す雪豹や狼もまた物語に彩りを添えている。この作品自体大満足だし、次の作品もまた大いに期待だ。やるじゃん、元米空軍機関士さん。

 アンデシュ・ルースルンド&ペリエ・ヘルストレム(長い)強し。その他の四冊では、覆面作家のインガー・アッシュ・ウルフの正体は誰なのか、という点に興味があります。訳者あとがきによれば「北アメリカの純文学作家の変名」らしいのだけど、誰なのだろう。では、来月またお会いしましょう。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧