書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。
暦の上では啓蟄を過ぎましたが、まだまだ寒さは続くようです。外に出るのはもう少し後かな? そんな室内派のあなたに、今月もこのコーナーをお届けします。
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複は気にしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
北上次郎
『策謀の法廷』スティーヴ・マルティニ/白石朗訳
扶桑社ミステリー
二転三転四転五転というプロットで唸らせた初期作品に比べると、さすがにシンプルと言わざるを得ないが、それでも一定の出来は保っている。職人マルティニいまだ健在だ。
千街晶之
『魔女遊戯』イルサ・シグルザルドッティル/戸田裕之訳
集英社文庫
作者名が覚えにくい代わりに、中身はリーダビリティがやたら高いアイスランド産ミステリ。現代の殺人事件に中世の魔女狩りが絡む構想や、ヒロインのチャーミングさもさることながら、真相の隠し方に工夫あり(読後、真犯人の初登場シーンを再読してみよう)。
吉野仁
『黒き水のうねり』アッティカ・ロック/高山真由美訳
ハヤカワ・ミステリ文庫
1980年代、アメリカ南部の都市ヒューストン。バイユーが流れる街。主人公はかつて公民権運動家だった黒人弁護士ジェイ。過去から逃れるように生きていた男が、ふとしたことで事件に遭遇し、「黒き水のうねり」に巻き込まれる。ありとあらゆる「黒」の流れがここに凝縮してるぞ!
霜月蒼
『黒き水のうねり』アッティカ・ロック/高山真由美訳
ハヤカワ・ミステリ文庫
黒く、熱く、ヘヴィでぶっ太い。大向こうを狙うキラキラ装飾など皆無だが、そこがいいのだ。黒人運動を弾圧したBad White Menのパラノイアと、それが黒人たちに植えつけたパラノイア。 毛細血管のようにからみつくパラノイアが最大の敵なのである。青筋みなぎる快作。アッティカつながりで、煽動のグルーヴ渦巻くアーチー・シェップ『ATTICA BLUES』をBGMに推奨。同じくシェップの『THE MAGIC OF JU-JU』の切迫も本書にぴったり。
杉江松恋
『魔女遊戯』イルサ・シグルザルドッティル/戸田裕之訳
集英社文庫
本邦初訳のアイスランド・ミステリーというだけでも点は高くなるのだが、魔女裁判を研究していた留学生が無残な死体で発見された、というショッキングな冒頭にもかかわらず、意外なほのぼの路線に落ち着いていくあたりのオフビートな味が好みだ。シングルマザーの主人公が登場する作品はすでにシリーズ化されており、続刊が待たれる。ここ数年のアイスランドはさまざまな動乱に見舞われた。そのへんのトピックが書き込まれていたりするのだろうか。うー、楽しみ。
村上貴史
『13時間前の未来』(上下)リチャード・ドイッチ/佐藤耕士訳
新潮文庫
佐藤“ノンストップ”耕士が訳したジェットコースター・ノヴェルである。妻を何者かに惨殺された主人公。彼は見知らぬ男から授けられた懐中時計——1時間毎に2時間過去へ持ち主を遡らせるという不思議な力を持つ——を用いて妻を救おうとするが……。過去を何度も何度も操るが故に構成は緊密とは言い難いし、キャラクターの書き分けも
クッキリしてはいるもののいささか類型的だが、そうした欠点を全く気にさせないほどのドライブ感を備えた作品だ。コクや滋味より勢いを愉しむ小説であり、その勢いは明らかに一級品。とにかくページをめくらせる。特色のある時間遡行の設定も使いこなされていて心地よい。
川出正樹
『忘れられた花園』ケイト・モートン/青木純子訳
東京創元社
記憶という”残酷な女主人”を相手に踊り続けながら、自らの信じる道を歩んでいく三人のヒロイン。百年にもわたる哀しくも美しき謎と企みに満ちたこの物語を、まるで〈魔法の組紐〉の編み目をたどるように時の経つのも忘れつつじっくりと堪能してしまった。まさに読書の愉悦。脅威のデビュー作『リヴァトン館』(武田ランダムハウスジャパン)ともどもぜひ手にとって欲しい。
先月に続いて名前の覚えにくい作家の作品がはいってきました。イルサ・シグルザルドッティルって、一発で覚えられる日本人はまずいないだろうなあ。どこまで続く、この北欧ミステリーのプチブーム。それでは来月またお会いしましょう。(杉)