書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 連休の真ん中ですが、4月度の七福神お薦めをお届けします。今回から村上貴史さんに代り、酒井貞道さんが仲間に加わりました。さてどんな作品名が挙げられるのか。 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『サトリ』ドン・ウィンズロウ/黒原敏行訳

早川書房

 敵地潜入もののエスピオナージュだが、任務遂行、救出、脱出という常套パターンながら、最後まで緊張感を持続させるのは見事。このシンプルな話をここまで読ませるのはウィンズロウのうまさだ。

千街晶之

『サトリ』ドン・ウィンズロウ/黒原敏行訳

早川書房

 あのトレヴェニアンの名作『シブミ』の前日談と聞いて「大丈夫か?」と思ったのは私だけではなかった筈だが、奇手を用いず、真っ正面からトレヴェニアンの作品世界の再現に挑んでいて感心させられた(それでいて著者らしさも失わないあたりも)。「お約束の美学」に溢れた正統的冒険小説+エスピオナージュの快作だ。

杉江松恋

『アンダー・ザ・ドーム』スティーヴン・キング/白石朗訳

文藝春秋

 上巻で『蝿の王』の一節が引用されたとき、これは必読の小説だと確信した。メイン州の小さな町が、ある日突然、透明なドームによって外界と隔絶される。閉じた空間の中で、人々の憔悴はつのり、最悪な形で獣性が解放されていくのだ。変形のロビンソン譚と見ることもできるし、ミステリーでいえば『ガラスの村』などの流れを汲む魔女狩り小説でもある。またキングの書きぶりが巧いのだ。一般小説のファンにもお薦めしたい。

川出正樹

『生還』ニッキ・フレンチ/務台夏子訳

角川文庫

 読み始めた瞬間に心のなかでアラームが真っ赤に点灯した。これより先は怪物領域だと。避けようのない悪意は存在するという理不尽で過酷な現実に対して、凛然と立ち向かい生き残ることを第一義に孤軍奮闘するヒロイン。安易で居心地の良いハッピーエンドでも単純で分かり易い悲劇でもない、痛みと苦み、さらには独特の諦念と充足感をともなって幕を閉じる”大人の味”のサスペンスをぜひ味わってみて欲しい。

酒井貞道

『サトリ』ドン・ウィンズロウ/黒原敏行訳

早川書房

『黄昏に眠る秋』『ムーンライト・マイル』『アンダー・ザ・ドーム』『殺人感染』などにも後ろ髪引かれつつ、今月は『シブミ』の前日譚たる『サトリ』を選びます。筆致はトレヴェニアンに瓜二つながら、社会からはみ出した若者の流離、という味付けでウィンズロウ自身の個性も刻印。謀略スリラーとしても上出来、おまけに圧倒的に読みやすいと、三拍子も四拍子も揃った力作なのである。

霜月蒼

『ムーンライト・マイル』デニス・レヘイン/鎌田三平訳

角川文庫

 超大作『アンダー・ザ・ドーム』も年間ベスト級なれど、これを採る。ノワールのリアリズムを通過しているからこその「21世紀の苛烈な正義の物語」。ローレンス・ブロックが拓いた「20世紀末の正義」のさらに遠くへ——本シリーズは歴史的名品だ。真摯なヘヴィネスと目の覚めるような鮮烈な場面、一気読みのサスペンスに、忘れがたいキャラまでそろったミステリなどそうそうない。感動。苦味の解る大人にこそすすめる。

吉野仁

『サトリ』ドン・ウィンズロウ/黒原敏行訳

早川書房

 ウィンズロウならではの軽妙洒脱な味わいを堪能した。物語はしっかり冒険小説の王道を行きながらトレヴェニアンとはまた違った趣なのだ。参りました。今月は他にニッキ・フレンチ『生還』(角川文庫)の極限までにヒロインが追いつめられていく緊迫感と事件をたどるサスペンスを味わい、しごく満足。

 先月に続き、早川書房の作品がぶっちぎりで首位に。『サトリ』、やはりみんな待っていたんですねえ。それ以外にも久々の「レ」ヘイン、キングの大作、サスペンスの新女王と、目移りがするほどに話題作が刊行されたのが4月でした。どれも必読! さて来月は、どんな作品が上がってきますでしょうか。お楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧