I Scream, You Scream

 昔どこかで聞いた歌の歌詞みたいなタイトルだなあ……とつぶやいたそこのあなた、お年は40代以上ですね(断定)。あるいはもっと若いけれど、カラオケで歌うのは昭和の曲ばかりというタイプにちがいない(再び断定)。

 ともかく今回ご紹介する作品は、テキサスで暮らすバツイチ女性のタリーが主人公。勘のいいかたはタイトルから想像がつくかもしれませんが、そう、アイスクリーム店を経営しています。

 夫ウェインの浮気が原因で離婚したタリーは、女ひとりで生きていくために昔ながらのレトロな雰囲気が漂うアイスクリーム店を買い取り、季節や顧客のニーズに合わせたメニューを考案して成功。アイスクリーム・ビジネスはまずまず順調な滑り出しでした。

 いっぽうウェインは土地の緑化や種苗販売の会社を経営しており、地元では名の知られた存在。浮気が本気になってしまったブリタニーとまもなく結婚するというとき、ビジネス関係の人を招いたパーティをひらきます。そこで、当日会場で提供するアイスクリームの手配を前妻のタリーに依頼。タリーの目の前で若い恋人ブリタニーといちゃいちゃしながら、どんなアイスクリームにするかをあれこれ注文するようすは、まあ文字で読んでいてもあほらしいほどに完全に尻に敷かれています。同じ町内だからつきあわざるをえないとはいえ、あんな前夫とその恋人が顧客だとはね。タリー、あなたの忍耐力に脱帽だわ。

 ところが賑やかなパーティを終えた夜、ブリタニーが急死します。死因は毒物の摂取。そして、夫を奪われた恨みという動機があるタリーはあろうことか容疑者に。けれども、タリーは実にさばさばしていて、ブリタニーへの恨みどころか「たとえウェインに復縁を懇願されても、あんな男は金輪際ごめんだわ」と言ってのける。おまけに高校時代のボーイフレンドでジャーナリストのフィンに久しぶりに再会し、新しいロマンスが生まれそうな気配あり。だから前夫に未練のかけらもないというのに警察はそれをわかってくれません。また、ウェインも容疑者となり、事件当夜ブリタニーという婚約者がありながら別の女性と密会していた事実を隠すため、あの晩は自分と会っていたことにしてほしいと前妻タリーにアリバイ工作を頼みこむしまつ。んまっ、なんて心臓なんだろう。このウェインという男、とことんダメなやつ!

 そこで、タリーは自分(とほんの少しはウェイン)のために自らブリタニー殺しの犯人を捜す決意をします。しかしまあ、叩けば埃が出る人はいるもので、ウェインもブリタニーも埃だらけではありませんか。ウェインはライバル社の弱みを握って脅迫していた疑いが浮上し、ブリタニーはつねに複数の男性と関係を持ち、相手の男性の妻や捨てられた男性本人に恨まれている事実が次から次へと明らかになっていくばかり。そんななか、タリーは素人探偵らしく関係者に大胆に近づき、単刀直入に質問します。「あの夜、あなたはウェインのパーティに出席していましたよね。ブリタニーにどんな恨みが?」とストライクゾーンのど真ん中に直球を放るのです。そんな素人探偵らしい大胆さに「ああっ、そんなことを言っちゃって、目の前の人が真犯人だったらどうするのよ? 殺されるかもよ?」と読んでいるこちらがはらはらするほどですが、手慣れていない素人くささが自然でもあります。そして目当ての人になんとか接近したら、あとは小細工なし。あたってくだけろ精神で果敢に攻める。実に実に爽快なのであります。

 小さな町での事件は、ある意味限られた空間での密室犯罪のようなもの。町民どうしの人間関係が複雑で、タリーは地元の学校の同窓会組織や会員制高級スポーツジム、各家庭の庭の手入れをしている業者など、ありとあらゆる角度から犯人探しのとっかかりをつかもうと悪戦苦闘します。そして見えてきた真実は意外な話と結びつき……

 この作品の魅力はなんといっても主人公のタリーの竹を割ったようなさっぱりした性格と行動力。彼女のまわりをかためる親類や友人、町の人々もそれぞれのキャラクターがしっかりと立っています。もちろん、ブリタニーに夫を寝取られた女性たちの怒りも、それはもうくっきりとぬかりなく描かれています。(ああ、女の嫉妬って怖い!)

 そしてダメ男の前夫ウェインも、ブリタニーの急死におろおろしているようすに同情を感じてしまうほど、ろくでなしだけどどこかにくめない人物です。

 さて、忘れてはならないのが、物語の小道具のひとつでもあるアイスクリーム。フルーツや濃厚なソースをたっぷりかけたサンデーは、想像するだけで甘い匂いが漂ってきそう。巻末にレシピも載っています。甘いもの大好きな読者の心を鷲づかみにすることうけあいです。

 そして、ウェインとは違って頼りになるフィンは、アイスクリーム探偵シリーズ(と勝手に命名してみた)の次作 Scoop to Kill にも登場します。タリーとのロマンスの行方が気になるところ。また、Amazon.comによると第3作 A Parfait Murder が今年6月に刊行予定になっています。

 著者Wendy Lyn Watsonは昼は大学で憲法を教え、夜になるとちょっぴりロマンスが香るコージー・ミステリを書いているのだとか。アイスクリームが大好きだそうです。著者の公式ホームページ(http://www.wendylynwatson.com/)にはアイスクリーム以外のデザートのレシピも掲載中ですので、興味のあるかたはぜひご覧あれ。

 よい気候になってきましたし、お気に入りのフレーバーのコーンアイスを片手に公園のベンチでアイスクリーム探偵シリーズを読むのはいかがでしょう? ただし、ストーリーに夢中になりすぎて、ぽたりとアイスを本に落とさないようご用心!

■片山奈緒美(かたやま なおみ)翻訳者。北海道旭川市出身。ミステリの訳書はリンダ・O・ジョンストン著『愛犬をつれた名探偵』ほかペット探偵シリーズ。自他共にみとめる犬好きで、犬がらみの書籍の翻訳にも精力的に取り組んでいる。最新訳書は『ブライアン・トレーシーのYES! 年収1000万円以上を実現する21のカギ』(主婦の友社)。

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