今回はルシンダ・ベリーによるサスペンス ”When She Returned” (2019)をご紹介します。
11年まえ、カリフォルニア州のとあるスーパーマーケットの駐車場からケイト・ベネットが忽然と姿を消す。財布やバッグ、店での購入品などはすべて車に残されていたうえ、誰かと争った痕跡はなかった。地元警察やFBIが捜索するも手がかりはいっさい見つからず、みずから失踪したのか、それともなんらかの事件に巻き込まれたのかさえわからなかった。
月日が経ち、ケイトの夫スコットと当時5歳だった娘アビーは、ケイトはすでに亡くなっていると結論づけて、5年まえに遺体のないまま葬儀をあげ、気持ちに区切りをつけた。そして10カ月まえ、スコットはメレディスという女性と再婚し、3人で新たな生活を歩みだしていた。
そんなある日、突然、警察からケイトが見つかったと連絡がはいる。モンタナ州内のガソリンスタンドで、赤ん坊を抱きかかえ、助けを求めて泣き叫んでいたというのだ。スコットたちは急いで収容先の病院に駆けつける。どうやらケイトは不健全な環境に置かれていたようで、年齢以上に老け、痩せ衰え、深刻な精神的トラウマを負っていた。病院でひととおり検査を受け、退院の許可がおりると、スコットは彼女を自宅に連れてかえる。
行方不明になるまえ、ケイトは〈ラブ・インターナショナル〉というカルト集団に出入りしていた。彼女はジャーナリストだったが、アビーが生まれて家庭にはいっていた。しかし、仕事に復帰したいという思いは常にあり、元上司から〈ラブ・インターナショナル〉の内情を探ってみないかと誘われたのを受けて、カルト集団に潜りこんだのだった。この集団が彼女の失踪に関わっているのかとも当初は考えられたが、捜査の過程でその線は消えていた。
退院後、スコットの家で静養につとめるケイトだったが、失踪については固く口を閉ざしていた。だが、しばらくして事情聴取のためにやってきたFBI捜査官にぽつりぽつりと話をはじめる。11年まえに姿を消したのは自分の意思だったという。しかも、〈ラブ・インターナショナル〉にはいりこんでいたというのだ。
なぜ夫と幼い娘を残して消えたのか。ジャーナリストとしてカルト集団の秘密を暴こうとしたのか、それとも洗脳されてしまったのか。それになぜ11年経って姿を現わしたのか。赤ん坊は誰の子なのか。
カルトと聞くと、妙なカリスマ性をそなえたリーダーを中心に、マインドコントロールにかかった信者が集まり、秘密主義で閉鎖的な生活をしている集団を思い浮かべる人は少なからずいるだろう。〈ラブ・インターナショナル〉もそのような集団で、その点から言うと、題材としてはごく平凡だが、ケイト失踪の真相や、この集団の内情がサスペンスフルに暴かれていき、リーダビリティは高い。
またサブストーリーとして、家族模様が描かれている。愛していた妻が戻ってきたスコットは心が揺れる。それを感じ取った現在の妻メレディスは複雑な思いを抱える。16歳と多感な時期にある娘アビーは戸惑いをおぼえる。実母ケイトのことは記憶があいまいになっているが、それでも自分の母親だ。とはいえ、義母との生活がすでに日常になっている。夫婦、母娘、それぞれがどのような形をとっていくのかも読みどころのひとつになっている。
著者ルシンダ・ベリーは、元心理学者で子どものころのトラウマを研究していたという。その知識や経験が本書に活かされていると言えよう。2016年に ”Missing Parts” でデビューして以来、本書をふくめ、15作の心理サスペンスを上梓している。いずれも好評を得ているようなので、ほかの作品も読んでみたいと思う。
| 高橋知子(たかはしともこ) |
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翻訳者。訳書にマクファデン『ハウスメイド』、デドプロス『シャーロック・ホームズ10の事件簿』、ガーニェ『ソシオパス「怪物」と呼ばれて』、プラント『アイリッシュマン』、ロビソン『ひとの気持ちが聴こえたら』など。趣味は海外ドラマ鑑賞。お気に入りは『シカゴ・ファイア』 |