法曹院地区の閑静なテンプルには、ロンドン警視庁が小さくも格式高い建物を所有しており資料置き場と化していたが、問題児を集めた班が活動を始めた――通称ラストチャンス談話室が。
これは読まずにはいられない大好きなパターン。ジャック・ガトランドによるデクラン・ウォルシュ・シリーズの第1作 “Letter From The Dead”(2020)です。
プロローグで語られるのは、20年前のヴィクトリアという女性の落下死事件。大晦日、彼女の実家が所有する堂々たるマナー・ハウスでは、政界がらみの大きなパーティがひらかれていた。夫マイケルは彼女が妊娠したと知り、自分の子ではあり得ないことから妻を追って屋上へ向かい、言い争いに。ヴィクトリアの父の会社でCEOに収まったマイケルは政治献金しており、チャールズ、アンディ、ショーンという若手議員たちと特に懇意にしていたが、妻のお腹の子の父親はそのなかにいた。マイケルは自身も秘書と浮気をしていて、結婚生活の終わりが見える。彼が激怒して屋上を去った後、ヴィクトリアはそこで会う約束をしていた人物によって突き落とされ、読者にはマイケルが犯人ではないことがわかる。
現在。デクラン・ウォルシュ警部は大嫌いな葬儀に仕方なく顔を出していた。父パトリックの葬儀だからだ。パトリックはロンドン警視庁主任警視を退任したばかりで、運転中の事故だったのだが、デクランは事故ではなく他殺の線を追いかけようとしていた。しかし、停職中ではどうにも動きづらい。カトリックの神父が犬を盗んで売買しており、ぶん殴っての逮捕劇がテレビで生中継されて停職をくらい、その数日後に殺人事件を解決してあたらしく所属することになった班の主任警部の汚職を暴くこととなってチームは解散となり、裏切り者として警察内部の半数から疎まれ、停職中だったことを重く見た上層部から大目玉をくらって反省期間が続いている。ちなみに、カトリックの人々とつきあいの深い妻からは別れを切りだされ、自宅は妻と娘に譲って、フラットでひとり暮らしだ。
自分を受け入れてくれる部署はもうないかと諦め気味だったデクランは、葬儀に参列したモンロー主任警部から正義を追う者としての行動を評価され、主として未解決事件を扱う彼のチーム、テンプル・イン犯罪捜査班、通称ラストチャンス談話室に誘われた。モンローはかつてパトリックの部下であり、父親がわりを買って出てくれたようでもある。
さっそく取りかかることになったのは、20年前の落下死事件だ。パトリックとモンローが担当した事件で、被害者の夫を逮捕して解決したはずだったが、いまになって被害者ヴィクトリアが妹にあてた消印のない手紙が発見されたのだ。この手紙をあなたが読む頃にはわたしは死んでいるかもしれない――と始まるそこには、不倫しての妊娠のこと、父親が誰か夫が追及を始めるとスキャンダルの観点から「彼ら」はそれを嫌がって、「セアラ」と同じように夫のことも排除するのではないか、自分も消される可能性があると書かれていた。逮捕されたマイケルは5年前に獄中で病死している。あらたな容疑者として浮上したのは、当時の若手議員3人だ。チャールズは所属政党を鞍替えして次の首相候補となり、アンディは説教師に転身して金の盾を持つYouTuberに、ショーンはホームレスとなって極端に人目をおそれる生活を送っている。デクランは父の残した捜査資料を紐解き、自分が潰した班所属だったが先にラストチャンス談話室に加わっていたインド系のアンジリ部長刑事、貴族階級らしいが親に勘当されたビリー刑事、マッド・サイエンティストな法医学者ロザーナといった同僚たちと協力して捜査を進める。
負け組たちの奮闘ってどうしてこんなにわくわくするんだろう。政界の駆け引き、マナー・ハウスに隠された秘密、イーストエンドを牛耳るユニークな犯罪者とカラフルな要素がたくさんの警察ものです。ちょっと雑な部分も感じるんですが、ドラマっぽい登場人物たちの大胆な行動で飽きさせません。ラストチャンス談話室のパターンだと、警察組織から見ると問題児でも、資質は優れた純粋な警官たちが集まるイメージですが、これは各自なんだか不穏なところを抱えているのがチェックポイント。7人まで席があるのでこれからメンバーが増えそうでもあって楽しみ。本作の軸は死者からの手紙事件ですが、シリーズを通して主人公の父親の死の謎が解明されていく流れになりそうです。ちょろりと登場する主人公の15歳の娘が父親以上に警官の素質があるようで、父娘がじいちゃんの死の謎を解く! みたいな回がくるのを期待しちゃいました。
とても映像的、コミック的だと思ったら、ジャック・ガトランドはコミック原作作家トニー・リーのペンネームとのこと。1970年ウエスト・ロンドン生まれの彼は、教師からコミックみたいな文章を書くねと言われて(褒め言葉の意図ではなかったみたい)いつか本当にコミック作家になってやると考え、実現した人。ラジオやテレビ、雑誌や新聞での執筆業を経て、マーベル、DC、ドクター・フー、スタートレックとさまざまな仕事を手がけています。
シリーズを追いかけてみるつもりですが、2020年から始まったシリーズなのにもうじき「25」冊目が刊行されるそうで、一生追いつけないかもしれない。
| 三角和代(みすみ かずよ) |
| 訳書にウェブスター『おちゃめなパティ、カレッジへ行く』、タートン『世界の終わりの最後の殺人』、ブラックハースト『スリー・カード・マーダー』、カー『幽霊屋敷』、リングランド『赤の大地と失われた花』他。SNSのアカウントは@kzyfizzy。 |