先日発表された英国推理作家協会賞受賞作から、新人賞に輝いた Katy Massey “ALL US SINNERS”(2024)を読んでみました。ヨークシャー・リッパー事件を背景に、性風俗店経営かつ人種のために世間から蔑まれる女が、弱い者の正義のために立ちあがろうとする物語。
1977年12月、ヨークシャーのリーズ。ハンマーで後頭部を殴りつけてから惨殺するという連続殺人鬼ヨークシャー・リッパーの被害者が6人となり、市民はその恐怖におののいていた。ターゲットは売春婦であることから、〈リオの店〉を経営するモーリーンは特に切実な問題としてとらえており、実務的で客のあしらいがうまいアネット、太陽のようにいつも周囲を照らすベヴという店の中心である仲間たちと共に、身を守る手段をとりながら、枷をはめられたような息苦しさを感じている。部長刑事ミックが聞き込みのため店を訪問し、仲間たちは非合法の店を守ろうと警戒するが、モーリーンは別の感情も抱く。いまさら、のこのこと顔を見せてなんのつもりだ。20年前、15歳だったモーリーンの母親が失踪し、新米警官のミックが最初は親身になってくれた。だが、母親はハンドバッグさえ持たずに姿を消したというのに、ろくな捜査をしてもらえなかった。義父も家を出てしまい、親と家をうしなったモーリーンは、白人と黒人の子として差別を受けながら苦労してここまでやってきた。ただ、リッパー事件について警察はかなりの人員を割いて捜査を続けているが、売春婦に話を聞いても信用できないと思っているのか、おかしなふるまいをする客がいないかと、この店に聞き込みにやってきた警官は彼が初めてだった。そこは評価してやろう。
邪悪な魂の犠牲となるのは女だけではない。15歳の少年が撲殺され、パブの裏路地で発見された。ベヴのひとり息子デイヴィッドだった。前夜から家に帰っておらず、ベヴは警察に捜索を頼みこんだが、動いてもらえなかった。リッパーの仕業とは考えづらく、警察は大事件を追っているのだから、泥酔して喧嘩した子供に手間をかけてはいられないというのが本音だ。ただし、彼とは生前よく話をしていたミックだけは別だった。あの少年は変わりもので、学校ではいじめにあっていたようだが、穏やかな子で動物好き、誰にも負けない知識があり、動物も彼になついた。学校よりも地元の厩に出入りすることのほうが多かったくらいだ。パブで飲酒のあげく喧嘩をしたとはだいぶ考えづらい。遺体の発見された裏路地のパブは、少年のろくでなしの義父トニーが入り浸っていた店だ。偶然だろうか? 厩の主に話を聞くと、少年は家族のことで悩んでおり、警察に話すべきか迷っていたそうだ。
ベヴの嘆きは計り知れず、モーリーンにはどう慰めればいいのかわからずにいた。ベヴにつきそうトニーは奇妙なほど無表情だ。仲間の心配をしながらも、クリスマス前というかきいれどきにシフトに穴を開けるわけにはいかず、しばらく働けないだろうベヴのかわりを探さなければと考えるモーリーンに、ミックが話を持ちかけてきた。重大犯罪課はこの事件にあまり時間を割きたがっておらず、有能な警官たちはみなリッパー事件にまわされている。事件当日の夜、トニーが問題のパブにいたと信じる理由もあるが、誰も証言しようとしない。けれどデイヴィッドの無念をなんとしてでも晴らしたいから、警察相手では口の重い者たちから、話を聞きだしてほしいと。なんの罪もなかった少年の死がろくに捜査もされないというのは許せないが、警察の、しかもミックの犬になるなんてとためらうモーリーンは、いずれ母親の居場所をつきとめるからと約束され、この話を呑む。
モーリーンとミックの視点から、絶えずリッパー事件の暗い恐怖を背に感じながら、少年の殺人事件の真相が追究されていきます。
リッパー事件では、「犯人は我々の仕事をやってくれている」と警察内の一部でささやかれ、売春婦でない被害者が出ると「まちがいの犯行」、「無垢な被害者が殺害されるいわれはない」などと報道され、少年の殺人事件では世間にとって取るに足りない者がないがしろにされ、と、不平等を目の当たりにしているモーリーン。自分は母親に捨てられた――のか? という不安感が根底にある彼女は、ミックにいいように利用されていると思いながらも、人生で味わったことのない誰かに頼られ、庇護されているという感覚が中毒のようになって、彼から離れられない。ミックのほうはカトリックのきちんとした教育を受けて育った生真面目な男なのですが、妻がありながらあれこれ入り混じった感情をモーリーンに抱きつつ、自分の倫理観にのっとった正義のために、その彼女をも利用すると決めています。次第に真相があきらかになってきて、そういうことか――と思った最後の最後に大パンチと、いいぞもっとやれと拍手したくなる一幕が待っているのがグッド。
著者ケイティ・マッシーはニューカッスル大学で創作の博士号を取得。元ジャーナリスト、コラムニストで、自伝を発表したのち、本書で小説デビュー。著者あとがきによると、リッパーが逮捕された直後の時代にお母さんがモーリーンと同じ仕事をしていたそうで、登場人物はみな架空ではあるけれど、店で働く人たちは売春婦としてひとくくりにされていたものの、個性、意見、その仕事をすることになった経緯はみな違う個人であることを書きたいという思いがあり、1977年のヨークシャーではほんの子供でリッパー事件の記憶はない著者はあれこれリサーチして、組み合わせてこの物語を書きあげたとのこと。来年、本国では続編が出るそうなのでそっちも読んでみたい。
| 三角和代(みすみ かずよ) |
| 訳書にタートン『世界の終わりの最後の殺人』、ウェブスター『おちゃめなパティ』、ブラックハースト『スリー・カード・マーダー』、カー『幽霊屋敷』、グレアム『罪の壁』、リングランド『赤の大地と失われた花』他。SNSのアカウントは@kzyfizzy。 |