今月はリック・モフィーナの “INTO THE FIRE” (2022)をご紹介します。30冊以上の著作があるカナダの作家が通信社の記者を主人公に描く、スリルとサスペンスに満ちた作品です。

 ニューヨーク州北部にあるアディロンダック山地をトレッキング中の男女が、ひとりで歩いている幼い少年を発見します。6、7歳とおぼしき少年はパジャマ姿で、顔も首も腕も擦り傷だらけ、虫に刺された痕がそこかしこについていました。そうとうおびえている様子で、なにを訊いても、まったく反応がありません。山奥のため携帯電話はつながらず、自分たちの車まで戻るにしてもかなりの時間がかかる。どうにかこうにか探りあてた少年の自宅は、まさに血の海でした。成人の男女が首を切り落とされた状態で死んでいたのです。
 被害者は造園業を営む37歳のフィル・ネルソンとその妻で37歳のマーガレットと判明。保護された少年はマーガレットの連れ子のイーサンでした。そしてイーサンの2歳上の姉、エマの行方がわからなくなっていました。犯人に連れ去られたのか、それともイーサンとはべつの方向に逃げたのか。いずれにしても、エマの所在を早急に突きとめなくてはなりません。エマの捜索と事件の解明。地元警察とFBIはその両面から捜査を進めていきます。
 いっぽう、事件の知らせを受けたニューヨーク市内のマスコミも現地に駆けつけていました。通信社に勤めるベテラン記者のレイ・ワイアットもそのひとり。特ダネをつかむため、捜査関係者や被害者の家族、地元住民から根気よく、そして要領よく話を聞き、過去の報道やデータに地道に当たっていきます。と同時に、記者としての矜持を崩さないストイックな姿勢で、捜査を仕切るFBIのジル・マクデイド特別捜査官の信頼を勝ち取っていくのです。
 事件は怨恨によるものなのか、それとも猟奇的な儀式殺人なのか、あるいは、何年も前からニューヨーク州を騒がせている連続殺人犯の仕業なのか。レイとジルは、記者と捜査官という立場の違いをわきまえつつも、間接的に協力し合い、真相に迫っていきます。

 レイは3年前、家族で滞在していたホテルの火災で幼い息子ダニーを亡くし、その1年後には妻を交通事故で失っています。そのせいもあるのでしょう、幼い子どもが巻きこまれたこの事件を追うなかで、妻や息子をなつかしむ様子がたびたび描かれます。実は、ホテル火災で死亡と発表された18名のうち、ダニーの遺体だけが見つかっていません。息子はどこかで生きているのではというわずかな希望を胸に、当時、現場周辺に滞在していた人たちに呼びかけ、寄せられた情報をこつこつと調べつづけています。
 本書はそんなレイを主人公にしたシリーズの1作めです。このあと安モーテルから忽然と姿を消した女子大生を追う “THE HOLLOW PLACE”、人身売買をめぐる事件を描いた “REQUIEM”とつづきます。おそらくどこかの時点で息子捜しの旅に終止符が打たれるのでしょう。その結末を知りたいような、知りたくないような複雑な気持ちです。

東野さやか(ひがしの さやか)

最新訳書はアート・テイラー『ボニーとクライドにはなれないけれど』。その他、チャイルズ『ハニー・ティーと沈黙の正体』、M・W・クレイヴン『ボタニストの殺人』、ヴァン・ペルト『親愛なる八本脚の友だち 』、スロウカム『バイオリン狂騒曲』など。埼玉読書会と沖縄読書会の世話人業はただいまお休み中。ツイッターアカウントは @andrea2121

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