まず巻頭にマップがある時点で、にっこり。アガサの森、ウルフ果樹園、チャンドラー湖の中央にはリーチャー島、点在する野原の名前はそれぞれボッシュ、ウィムジイ、ヴェルダ……ときたら、読まずにはいられない。ロンドンの生活に疲れた元刑事が地方で半ひきこもり生活を開始、そこで事件に出会うシリーズの第1作 “Death Under a Little Sky”(2023)です。

 ジェイクはおじが遺したリトル・スカイ荘にやってきた。駅からタクシーを使い、道路から野原を抜けてさらにえんえんと歩いた高台にぽつんとある家だ。見わたすかぎりが敷地らしく、自然ゆたかな美しい場所だった。携帯の電波は入らず、固定電話も、車もない。だが、それでよかった。ひとりになりたい。38歳で人生に疲れていた。
 かつておじの影響でミステリ好きになった彼は、広すぎる家の立派な図書室でジャズやクラシックのレコードをかけながら本を読み、若干たるんできた腹をランニングで引き締め、敷地の湖で洗濯ついでに泳ぐ生活で満足だった(缶詰、小麦粉など備蓄はたっぷりあるし、室内は近代的な設備の家だったが、洗濯機と浴室がなかった)。慌ただしい都会で、痛ましい結果に行き着くことも多い未解決事件班での日々は彼の心身を徐々に蝕み、妻との仲も距離ができておたがい楽しいと思えなくなっていたところに、おじ死去の知らせが弁護士から届き、別居することになったのだった。
 しばらく外の世界に接触しないままだったジェイクだが、獣医で羊飼いもやっているシングルマザーのリヴィアと出会ったことをきっかけに、近くの村チェールム・パルウム(ラテン語で小さな空)の人々を少しずつ知るようになる。警察署も学校もない小さな村だが、毎年の恒例行事として近隣の町の人々も集まるイベントが開催された。川沿いに隠された聖人の骨に見立てた棒きれ入りの袋を探す、というものだ。ジェイクはリヴィア親子とチームを組んで参加し、見事、袋を見つけだす。しかし、やけに重いその袋の中身は本物の人骨だった。

 1作目ということもあり、自分を見つめなおす主人公の描写が多めで、文芸よりのミステリといった趣。でもですね、外部の手伝いも頼んではいますが、伐採して薪割りをおこない、補充のために若木を植え、足りないものを次々と自作する過程に、サブジャンルは違うんですが、ロバート・B・パーカー『初秋』を初めて読んだときの感覚を思いだしました。人生に疲れて逃げてきたわけですが、この人はなかなかできないくらい自分で自分を鍛え直していく。その上で、得意分野はなにかをあらためて認識し、「読む」ことが活きた未解決事件班での経験から人骨の謎に迫っていきます。正義感あふれるスーパーヒーロー的発想ではなく、醒めた現実的なところがあるのがちょっと面白い語り手です。事件など起こりそうにもない狭いサークルの闇にも注目。それに、大筋には関係ありませんが、作中の比較的大きな町の名前がジェイン・オースティンの作品からとられているだとか、本にまつわる思いが伝わる部分も読書好きは好感を持てます。何よりも、あふれでるミステリ愛が素敵です。

 著者スティグ・エイベルはノッティンガム出身でケンブリッジ大エマニュエル・カレッジ卒。タイムズ文芸付録誌の前編集長。以前はBBCラジオ4にもレギュラー出演しており、現在はタイムズ・ラジオの朝番組のパーソナリティを務めています。ノンフィクションを2冊ほど上梓したのちに、本作でミステリ作家としてデビュー。
 タブレットで熟成させている間に、いつのまにかシリーズ2作目 “Death in a Lonely Place” が刊行され、今月末には3作目 “The Burial Place” も出ちゃう模様です。設定作りが終わった次の段階がどうなっているか絶対知りたいので、続きも読んでみます。

三角和代(みすみ かずよ)
訳書にタートン『世界の終わりの最後の殺人』、ウェブスター『おちゃめなパティ』、ブラックハースト『スリー・カード・マーダー』、カー『幽霊屋敷』、グレアム『罪の壁』、リングランド『赤の大地と失われた花』他。SNSのアカウントは@kzyfizzy。

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