今回はジェイミー・デブランの “After Image” (2024年)をご紹介します。

 ロサンジェルス郊外の山で白骨化した遺体が発見される。4年まえに行方不明になり、いまだなんの手がかりも得られていないアリー・アンダーセンではないかと目された。アリーが有名女優イザベル・アンダーセンの娘だったこともあり、失踪当時は世間を騒がせ、以来、目撃情報を投稿したり、真相を推理しあうウェブサイトが運営されていた。

 警察はアリーが殺害されたと見て捜査を進めたが、第一容疑者とされたアリーの友人グレッグをはじめ、彼女と関わりのあった人たちには確実なアリバイがあり、捜査もほとんど進まないまま月日が経った。

 今回の遺体発見のニュースにいちばん心をざわつかせたのは、アリーの義理の姉妹、ナターシャだった。ナターシャが高校生のとき、母親が再婚したのだが、その相手の娘がアリーだった。アリーは自由奔放で、彼女いわく、高校を退学させられ更生施設にはいっていた経験を持ち、かたやナターシャは大学進学を目指して勉強にいそしむ、と性格はまったく違ったが、同い年ということもあってか、じきに親しくなった。高校卒業後は、ふたりでアパートメントを借り、一緒に暮らしていた。アリーが失踪する直前、ふたりは口論をしており、ナターシャはそれが何か関係しているのではないかと悔やみ、事件発生後は心を病んで、一時的に目も見えなくなっていた。

 ナターシャは発見された遺体がアリーなのかどうか、4年まえ捜査を担当した刑事ルイスに連絡をとる。遺体の身元が判明するのを待っていたある日、彼女が自宅に帰ると、ドアのまえに自分のジャケットが落ちていた。急いで出かけたので落としたのかと、さほど気にかけなかったが、数日後、そのジャケットを着たところポケットに、アリーがキーホルダーにつけていたプラスティックのパンダの頭がはいっていた。しかもそれには、“アリー”と名前が書かれていた。たしか、アリーが持っていたときは名前が書かれていなかったし、胴体部にはUSBメモリがついていた。なぜパンダの頭だけがポケットにはいっていたのか、誰が入れたのか、USBメモリはどこに行ったのか。ナターシャはただ首をかしげるばかりだった。

 アリーはよく夜中にパソコンに向かって、何かを書いていた。USBメモリにはそれが保存されていたのではないか。パソコンを調べればわかることだったが、4年まえ、アリーと口論したときに、ナターシャがパソコンのそばにあった水入りのボトルをわざと倒し、パソコンを使えなくしていた。アリー失踪時にも、警察がパソコンを調べて情報を得ることができず、そのこともナターシャに重くのしかかっていた。

 4年も経ってから、なぜアリーのパンダが届けられたのか、皆目見当がつかなかったが、彼女の失踪の謎を解く手掛かりになると思われた。第一容疑者だったグレッグは麻薬の売買をしており、もしかしたらアリーはこっそり売買の記録をパソコンに保存し、それが原因で殺害されたのではないか。ナターシャはそう考えたものの、USBメモリがないことには、何も証明できなかった。不可解なことばかりだったが、真相に近づくため、ナターシャはUSBメモリのありかを探ることにする。

 アリーは母親とも、父親代わりのおじマシューともうまくいっておらず、有名女優の娘だからと近づいてくる同級生には壁をつくり、成長するにつれて孤独を深めています。そんな彼女が、父親の結婚によって姉妹になったナターシャには、彼女なりに心を開きます。いっぽうナターシャは、自由奔放に振る舞うアリーに最初は面食らっていたものの、彼女の心の内を理解していきます。彼女たちの父親がいなければ、人生が交わることがなかったのではないかと思えるふたりの間に絆が生まれているところに暖かみを感じる作品です。

 発見された遺体は、結局、アリーではなく、「ここでこう舵を切るのか」と少々意外な方向に物語は進んでいきます。本書は著者ジェイミー・デブランの長編デビュー作になりますが、物語の展開のさせ方や、ナターシャたちの心情の描き方には巧みさが見られます。
 本作は、2025年の国際スリラー作家協会賞、新人賞にノミネートされています。結果発表は約1カ月後。楽しみに待つことにします。

高橋知子(たかはしともこ)

翻訳者。訳書にデドプロス『シャーロック・ホームズ10の事件簿』、ミラー『5分間ミステリー 裁くのはきみだ』、プラント『アイリッシュマン』、ロビソン『ひとの気持ちが聴こえたら』、ファージング『世界アート鑑賞図鑑 [改訂版]』(共訳)など。趣味は海外ドラマ鑑賞。お気に入りは『シカゴ・ファイア』

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