今回紹介する Damn Near Dead (Busted Flush Press)は、ギーザー・ノワールと名付けられた作品のアンソロジーです(ギーザーは「風変わりな老人」の意)。

 これまでに2冊出版されており、〈Old, Bold, Uncontrolled〉と副題のついた第1巻(2006年、ドゥエイン・スウィアジンスキー編集)、そして〈Live Noir or Die Trying!〉と題された Damn Near Dead 2(2010年、ビル・クライダー編集)からも想像出来るように、大人しく余生を過ごしているような老人は一人も登場しません。

 第1巻の表紙は『マンハント』54年12月号の表紙イラストレーション(女性の手から拳銃を奪い取ろうとする男性)の秀逸なパロディ、第2巻は一転して破天荒なデザイン、と遊び心にあふれた体裁となっています。

 第1巻に収録されている作品は27編、第2巻の28編、いずれも作者は新人からベテランまで多彩な顔ぶれで、粒揃いの作品ばかり。その中でもいくつかお気に入りの作品を紹介しますと……

 ジェフ・アボット(『パニック!』)の”Tender Mercies”は、グリムと名乗って活動する暗殺者のライオネルが主人公。家族からの依頼で、回復の見込みのない老人を安楽死させる仕事を請け負う彼は「叔父のライオネルを安らかに葬ってほしい」という依頼を受ける。

 三人の甥や姪の中で誰が自分の死を望んでいるのか。ライオネルは憂鬱な気分で仕事にとりかかるが……。依頼者の正体、そしてライオネルが下した決断、と二重に読者の予想を裏切る皮肉な作品に仕上がっている。

 同じく第1巻に収められているビル・クライダー(『処刑のショットガン』)の”Cranked”には、カーラという若い女性が登場。囮捜査に協力することを条件に仮釈放となった彼女は麻薬の製造工場に潜入、しかし事故によって大火災が発生してしまい、任務を放棄して逃走する羽目になる。

 その頃、不治の病を抱えたロイドは娘の車を失敬して老人ホームを脱走、給油のためサービスエリアに立ち寄る。そこでカーラと出会うが、直後に麻薬でハイになっている二人組の強盗が現れ……。

 ゆったりした展開と読者に思わせておいて、一気に加速する緩急のつけ方が絶妙で、最後のカーラとロイドの会話も大いに楽しませてくれる。ちなみにこの作品はエドガー賞及びアンソニー賞の候補となり、2007年には短編小説に贈られるデリンジャー賞を受賞。

 昨年出版された Damn Near Dead 2 の注目作はジョー・R・ランズデイル(『ロスト・エコー』)の“The Old Man in the Motorized Chair”。かつて優秀な私立探偵であり、引退した後も保安官の相談にのっている老人が孫の眼をとおして描かれる。

 建設会社を経営する男性の失踪事件への協力を求められた主人公だが、「あと15分で始まる毒蛇特集の番組が観られなくなる」とわがまま振りを発揮、ようやく関係者への質問を始めても一見脈絡のなさそうなものばかりで……。

 所謂「安楽椅子探偵」の物語ながら、主人公の魅力的ないじわるじいさんぶりが魅力となっている。

 そして Damn Near Dead 2 の中で特に印象に残った作品がS・J・ローザン(『冬そして夜』)の“Chin Yong-Yun Takes a Case”。

 何とあのリディア・チンの母が友人から持ち込まれた事件の調査に乗り出す作品である。「私の娘は私立探偵だ」という一文で幕を開け、娘の職業を快く思っていない心情が切々と吐露される。友人からリディアに相談したいことがある、と連絡を受けると……

 あれこれ文句をつけている割には娘から聞いた方法をしっかりと踏襲して、いそいそと調査に取り組む描写が痛快で、この上なく楽しめる愉快な作品に仕上がっている。

 この異色アンソロジーの版元である Busted Flush Press(http://www.bustedflushpress.com/)はヒューストンのミステリ専門書店、Murder by the Book(http://www.murderbooks.com/)に勤めていたデイヴィッド・トンプソン(ギーザー・ノワールの命名者でもあります)が名作ミステリ復刊のために興した出版社です。

 大のミステリファンであるデイヴィッドはそれだけにとどまらず、Damn Near Dead シリーズや女性作家の作品ばかりを集めた A Hell of a Woman(2007年)といった独特のアンソロジーも企画しています。

 筆者は1993年に Murder by the Book を訪れる機会がありましたが、当時未訳だった『極大射程』(S・ハンター)をデイヴィッドから熱心に薦められたことがきっかけで、以来親しくさせてもらいました。博覧強記のデイヴィッドはMurder by the Bookのニュースレターを配信し続け、それ以外にも「○○は読んだ?」「▲▲は読まなきゃ駄目だ」と様々な作品を熱心に紹介してくれ、この人は本当にミステリ好きだなあと感服した次第。

 そんな彼は店を訪れる作家たちの信頼も厚く、Damn Near Dead の編者であるドゥエイン・スウィアジンスキー(『メアリー-ケイト』)とビル・クライダーの二人もデイヴィッドへ惜しみない賞賛を送っています。

 極めつけはケン・ブルーウン(『アメリカン・スキン』)で、『マーダー・バイ・ザ・ブック』(ミステリマガジン2005年12月号)というヒューストンを舞台にした作品まで上梓、デイヴィッドも本人役で登場しています。

 残念なことにデイヴィッドは昨年9月に急逝してしまい、Damn Near Dead の第2巻が遺作となってしまいました。「もし彼が今でも元気であればもっと面白い企画を実現していただろうに」と考えても空しい行為に過ぎませんが、素晴らしいアイデアの作品集を残してくれたことに今はただただ感謝するのみです。

寳村信二(たからむら しんじ) 20世紀生まれ。訳書は『オーロラの魔獣』(リンカーン・チャイルド)。最近のお楽しみは『ディスカバリー・チャンネルセレクション』(BSフジ)と『体感! グレイトネイチャー』(NHK-BSプレミアム)。

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