書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 祝日のない月に入りました。6月です。過ぎ去った5月を振り返って七福神のお薦めをお届けします。年間ベスト級が目白押しだった4月から、どこが変わったでしょうか。 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『ロザムンドの死の迷宮』アリアナ・フランクリン/吉澤康子訳

創元推理文庫

 時は12世紀、イングランド王ヘンリー2世の愛人が毒を盛られ、王妃エレアノールに嫌疑がかかった。夫婦喧嘩が即戦争に発展しかねない危険な事件の真相に、異国から来た女医アデリアが迫る。キリスト教の抑圧、女性蔑視、異国人への警戒、内乱勃発の危機、そして姿なき連続殺人犯……二重三重どころか四重五重に不利な状況下、知性と勇気を武器に謎と向かい合うアデリアの姿が魅力的だ。

北上次郎

『逃亡のガルヴェストン』ニック・ビゾラット/東野さやか訳

早川書房

 これまでに読んだことのあるような話だが、そのわりに妙に新鮮である。それは構成が秀逸だからだろう。ラストもいい。

吉野仁

『アンダー・ザ・ドーム』スティーヴン・キング/白石朗訳

文藝春秋

 あらためてキングの想像力と創造力の偉大さに脱帽。一気に読んでしまったのがもったいないくらい。できればまたじっくりと読みかえしたい。あと今月は、ニック・ピゾラット『逃亡のガルヴェストン』(ハヤカワミステリ)、とくに元恋人のもとを訪れる場面を読み、これだけ胸が熱くなったのも久しぶり。かつてない最強のダメ男クライムだ。

杉江松恋

『ピザマンの事件簿2 犯人捜しはつらいよ』L・T・フォークス/鈴木恵訳

ヴィレッジブックス

 続きが出るのがいちばん楽しみなシリーズ作品がこれ。あと一冊で、今のところは続きがないというのが非常に残念だ。気のいい男の周りに同じような好漢が集まっただけで話が進展していくというのが心地よく、最初の数ページを読んだだけですぐに引き込まれてしまう。主人公は誰かを連想させると思ったら、ゲッツ板谷氏だった。似てない? こういうリズムで読ませるような話は、もっと訳してもらいたいなあ。

川出正樹

『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』ケイト・サマースケイル/日暮雅通訳

早川書房

 19世紀半ば、典型的な中流階級一家が暮らす田舎の屋敷で起きた惨殺事件が、ヴィクトリア朝英国に”探偵熱”を巻き起こす。後の作家に多大なる影響を与え、カントリーハウスを舞台とした”英国探偵小説”成立の礎となった事件をミステリの手法で描いた渾身のノンフィクション。巻頭に掲げられた三葉の画の意味が明らかになる終盤、思わず息をのんでしまった。古典のみならずあらゆるミステリ・ファン必読の〈始まりの書〉だ。

酒井貞道

『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』ケイト・サマースケイル/日暮雅通訳

早川書房

 19世紀中葉における刑事≒探偵がどのような存在であったかを稠密に描き出したノンフィクション。当時話題をさらった幼児殺害事件の意外な真相が顕現する終盤は、出来過ぎなぐらいスリリング。当時の倫理観、宗教観、階級意識なども完璧に捉え切っていて、圧倒されました。この時代を前提として探偵小説は発展したのかと思うと、感慨も一入です。

霜月蒼

『ねじまき少女』パオロ・バチガルピ/田中一江・金子浩訳

ハヤカワ文庫SF 上下

 かつて俺は『ニューロマンサー』をクロームきらめくクライム・ノワールとして読み、『虎よ、虎よ!』を白熱テクニカラーの冒険小説として読んだ——本書は船戸与一やル・カレらのコロニアリズム・スリラーに連なる。めくるめくヴィジョンと血臭が、異形の色彩と芳香に満ちた街路で交錯する。失われた誇りと損なわれた尊厳をめぐる叛逆の物語。緻密で熱く、壮大で感動的。

 ノンフィクションながら『最初の刑事』とポケミス『逃亡のガルヴェストン』が人気です。先月に続き、早川書房強し! あ、バチガルビもか。さて来月は、どんな作品が上がってきますでしょうか。お楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧