折々のむだ話(その2)——六本木の不思議ビル

 先週の話は、五月十八日に青山ブックセンター六本木店で行なわれた「〈サトリ〉トーク」で話したことなのだが(使い回しをしてすみません!)、私、六本木に行くと、必ず眺めるものがある。

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 それは六本木交差点にあるビルに掲げられた喫茶店〈マイアミ〉の看板だ。深夜営業のおかげで重宝したあの喫茶店チェーンはすでに営業をやめていて、このビルにも店はないが、なぜか看板だけが残っているのだ。

 この看板を眺めるのが好きなのは、昔夜遊びをしたあとで始発電車を待ったけだるい時間が懐かしいだけではなく、小学生のときに読んで強く印象に残った『墓場の鬼太郎』(のちに『ゲゲゲの鬼太郎』と改題)の「だるま」という作品(『少年マガジン/オリジナル版 ゲゲゲの鬼太郎 1』講談社漫画文庫に収録)を思い出させるからだ。

 五階建てのビルが、縁起をかついで四階を「五階」と呼んでいる。そこへだるまの妖怪が「四階」を貸してほしいとやってくる。家主は存在しない階を貸して家賃がとれると得なので承諾するが、まもなく「五階」の外壁に〈だるま商事〉という看板が掲げられる。

 それじゃ約束がちがうと、オーナーは三階にあがって、窓から外を見ると、看板はたしかにひとつ上の階にある。ところが「五階」にあがってみると、今度はひとつ下の階にかかっている。「四階」にたどり着けないオーナーは、妖怪の追い出しを鬼太郎に依頼するという話だ。

 ご存知かもしれないが、この話には元ネタがある。ウィリアム・テンの短篇ミステリー「奇妙なテナント」『新・幻想と怪奇』仁賀克雄編・訳、ハヤカワ・ミステリ)だ。こちらは西洋なので十三階が存在せず、それを奇妙な二人組が借りる。ビルの管理責任者が「十三階」にあがって窓から外を見ると、二十四階建てのはずなのに、下に十二階、上にも十二階あるのだ。

「奇妙なテナント」では、管理責任者はエレベーターで存在しないはずの「十三階」に行くが、これと似たことが、水木しげるの貸本漫画「墓をほる男」『水木しげる恐怖貸本名作選 墓をほる男・手袋の怪』ホーム社漫画文庫)でも起きる。だからこちらの元ネタも「奇妙なテナント」なのだろうと思っていたが、そうではなく、フランク・グルーバーの「十三階の女」という短篇小説だと最近知った。

 水木しげるがかつて翻訳物のミステリーやSFをよく読んでアイデアを得ていたというのは、現在発売中の《ハヤカワ・ミステリマガジン》七月号(「ゲゲゲのミステリ〈怪奇と幻想〉」特集)のテーマなので、興味のある方はぜひお読みになってみてください。

 ところで、エレベーターでビルの不思議空間へ行くといえば、かの傑作奇想映画『マルコヴィッチの穴』! あと、「墓をほる男」は「三島ユキ夫」なる軽薄才子風の詩人が主人公で、戦争で過酷な体験をした水木しげるの三島由紀夫観がうかがえるような気がして非常に興味深く……などなど、もっとむだ話を続けたいところですが、今回はここまで。

(写真も筆者) 

黒原敏行(くろはら としゆき)1957年和歌山県生まれ。東京大学法学部卒。翻訳家。主な訳書に、バート『ソフィー』、マイクルズ『儚い光』、フランゼン『コレクションズ』、マッカーシー『すべての美しい馬』『越境』『平原の町』『血と暴力の国』『ザ・ロード』『ブラッド・メリディアン』、コンラッド『闇の奥』、シェイボン『ユダヤ警官同盟』、ウィンズロウ『サトリ』、ほか多数。

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