書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 ついに夏本番。私の住んでいる自治体では節電のため午後の図書館休館を決めました。ひー、そんな。どこで本を読めというのか。しかし暑さに負けず六月度の七福神のお薦めをお届けします。今月はちょっとすごいよ。 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

川出正樹

『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳

東京創元社

 現実に起きた事件をベースに現役の弁護士が語る十一人の人間が犯した十一の異様な犯罪。罪科を犯すに至った顛末を極端に切りつめた文章で綴ることで咎人となってしまった人の人生を浮き彫りにするとともに、罪とは何かという根源的な問題をも摘出する苦くとも滋味豊かな珠玉の短編集だ。なにはともあれ冒頭の「フェーナー氏」を読んで欲しい。次の瞬間、あなたはレジへと向かっているに違いない。

酒井貞道

『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳

東京創元社

 罪を犯す人が辿る11の数奇な運命を、語り手の弁護士が一歩引いた所から淡々と描き出す。超現実的な出来事こそ起きないが、登場人物の心象風景はいずれも極めてシュールで、奇妙な味わいが濃縮されている。無駄を切り詰めた簡潔で禁欲的な文体が、かえって豊かなエモーションを引き出しているのも上手い。異色作家好きはマスト・バイの逸品である。

千街晶之

『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳

東京創元社

 本書を読んで、これは犯罪小説の世界における「待庵」(千利休が作った、わずか二畳の茶室)ではないか……という、我ながら奇妙な思いつきが浮かんできた。極限近くまで無駄を削ぎ落としたからこそ、かえって伝わってくる無限の滋味。一見素っ気ない文章から戦慄と悲哀が立ちのぼる、忘れ難い犯罪小説集だ。

霜月蒼

『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳

東京創元社

 短く鋭く研ぎ澄まされた犯罪と犯罪者の物語が並ぶ。すばらしい。一瞬も気を抜けない——ふいに日常にぱくりと口を開ける闇と、黒い笑いと、少しの痛快が敷きつめられた毒針のむしろの如し。ミステリの定義を狭くとることの不毛はこれを読めば明らかだと私は思う。

杉江松恋

『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳

東京創元社

 今月はこれを推さなければどうしようもない。一言で表すなら「犯罪を選んでしまった人」についての小説なのだが、人間の心がいかに傷つきやすいものかということがさまざまな事例によって描かれている。連想したのはロイ・ヴィカーズ『迷宮課事件簿』シリーズ(ハヤカワ・ミステリ文庫)だ。私の一押しは不気味極まりない「正当防衛」だが最後の一撃ものとしても読める「緑」もよい。おそらくは人によってベストの作品が違う短編集である。冷え冷えとする手触りであるのに、どこかに人間性への信頼が見えるのも好ましいところだ。

北上次郎

『闇の記憶』ウイリアム・K・クルーガー/野口百合子訳

講談社文庫

 この手ありかなあ。ずいぶん以前に同様の趣向の翻訳ミステリーがあったと思うけど、それがなんであったのか、書名を思い出せない。コーク・オコナー・シリーズの第5作で、このシリーズのピークは第3作『煉獄の丘』であったと思うけど、それを今回は超える予感が。予感で終わってしまうところが最大の問題なのである。

吉野仁

『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳

東京創元社

 平凡な、もしくは奇妙な「犯罪」に隠された真実が淡々と語られていく。そこにあるのは人生そのものだ。圧倒的な面白さに恐れ入るばかり。クライム・ノヴェルの好きな方は絶対に読みのがしてはならない。ぜったいに。

 本欄初、六人の票が一作に。ドイツから来た隠し玉が七福神の心をわしづかみにしてしまったようです。こういうこともあるんですね。さて来月はどのような結果が待っていますか。お楽しみに。(杉)

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