書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。
夏枯れということもなく次々に傑作が刊行されています。シンジケートでは秋に読書探偵コンクールも予定していますので、周りにいる十代の読者にはさりげなく今月の優秀作などをお薦めしてみてください。七月度の七福神のお薦めをお届けします。六人が一作品を推した先月からどのように変わったでしょうか。
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複は気にしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
千街晶之
『ライヘンバッハの奇跡 シャーロック・ホームズの沈黙』ジョン・R・キング/夏来健次訳
創元推理文庫
ライヘンバッハの滝から姿を消した直後のホームズと、若き日の幽霊狩人カーナッキの奇想天外な共演。全く異なる世界観の中に住む二大探偵を同一作品に登場させても不自然にならないよう、作者が凝らした数々の工夫に読みどころがある。犯罪王モリアーティの過去が明かされる第二部が特に出色だ。
北上次郎
『背後の足音』ヘニング・マンケル/柳沢由美子訳
創元推理文庫
上巻を読んでいるときに、「そのシリーズ、北上さん、解説を書きましたよね?」と声をかけられた。えっ、と思ったが、その表情をみて、「覚えてないんですか!」と言われたので、そんなばかなことがあるわけない覚えてるにきまってるぜという表情を急いでつくった。家に帰って調べてみたら、前作『五番目の女』の解説を書いていた! 以上のことは全部秘密だ。
川出正樹
『背後の足音』ヘニング・マンケル/柳沢由美子訳
創元推理文庫
これまで、グローバリゼーションという大浪がもたらす新たなタイプの犯罪に、怒り、悩み、戸惑いながらも立ち向かってきた警察官ヴァランダー。本書で、ついに社会の変化がある段階を超えてしまったことを悟った彼が、ラストで下す決意が胸を打つ。850ページという大部ながら一気に読了。シリーズの未訳があと数作しか残っていないなんて! 現代ミステリ屈指の傑作シリーズを、ぜひ手に取ってみて欲しい。
霜月蒼
『アンダーワールドUSA』ジェイムズ・エルロイ/田村義進訳
文藝春秋
10年のブランクがどう作用するか心配していた——杞憂だった。スタッカート文体に同調して心拍が疾り、体温を上げる。エルロイ特有のフィーヴァードリーム感は、今回、魔術的なヴードゥーのトライバル・ビートで加速し、暴れる。前2作から流れ込む国家と犯罪のカオティックな怒濤は、ゾンビ・ゾーンに濾過されて、あとに悲恋/運命/歴史/復讐の暗い結晶を残す。これは負の成長小説である。
吉野仁
『アンダーワールドUSA』ジェイムズ・エルロイ/田村義進訳
文藝春秋
アメリカの絶頂期が終わりにさしかかっただけではなく、世界中が火山噴火のもとにあったような1968年という激動の年から物語が始まるだけに、これまで以上にカオスな世界が展開されており圧倒された。あと今月は小品ながらA・D・ミラー『すべては雪に消える』のほろ苦さが胸に残った。
酒井貞道
『背後の足音』ヘニング・マンケル/柳沢由美子訳
創元推理文庫
『記者魂』『夜明けのパトロール』『アンダーワールドUSA』『野兎を悼む春』などがあり、今月は大いに目移りしたが、最終的には『背後の足音』を選びたい。同僚刑事が殺されるシリアスな事件、綿密で着実な捜査、やがて浮かび上がる現代社会の歪み、そしてヴァランダーが糖尿病になってしまうというユーモラスな要素が、圧倒的に達者にまとめ上げられている。煽らない小説なのに夢中になって読める、刑事/警察小説のお手本である。
杉江松恋
『背後の足音』ヘニング・マンケル/柳沢由美子訳
創元推理文庫
本書を読んで「うわっ、『目くらましの道』の解説で、シリーズに登場する警察官の全リストを作った私は先見の明があった!」と自画自賛したのだが、なんのことかわからない方は、とりあえず『背後の足音』を読んでください。作風としては『五番目の女』の延長上にある作品だが、ヴァランダーが「でたらめ」「ばらばら」と印象を述べる事件の様相が不気味である。真相が判明した後に、心に波風が立つような感じを覚える。なんと強い印象を残す小説なのだろう。
ヘニング・マンケル、ジェイムズ・エルロイと上下巻の作品が選ばれました。夏休みに読む本を探している、という方はぜひ挑戦してみてください。では来月またお会いしましょう。(杉)