書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 原稿アップスケジュールの都合上、今月はやや遅くなってしまいました。中秋の名月もすでに過ぎてしまったというのに、毎日暑いですね。皆様どうぞご自愛ください。今月も書評七福神のマイベストをお伝えします。 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『エージェント6』トム・ロブ・スミス/田口俊樹訳

新潮文庫

 レオ・デミドフの物語がついに完結だ。今回の隠しテーマは善良であるとは何か、だ。人が善良であろうとするその源は何か。群を抜く人物造形と波瀾万丈のプロット、すべてが素晴らしいが、物語の底にその問いがひっそりと横たわっている。

千街晶之

『ブラッド・ブラザー』ジャック・カーリイ/三角和代訳

文春文庫

 刑事になった弟と、連続殺人犯になった兄。その兄が施設を脱走した時から、弟による地獄巡りのような追跡が再開される……。サイコ・サスペンス+警察小説の装いの下から浮かび上がる、洗練された本格ミステリとしての骨格。作中の互いに無関係に見えるエピソードがパズル的に組み合わさってゆく知的スリルは、日本の作家で譬えるなら京極夏彦に近いかも。

酒井貞道

『探偵術マニュアル』ジェデダイア・ベリー/黒原敏行訳

創元推理文庫

 ハメット賞受賞作だが、幻想小説にミステリの意匠を凝らした、といった風の小説である。奇妙な街にそびえる〈探偵社〉にまつわる奇妙な事件は、イタロ・カルヴィーノが基本設定を考えたと言われても違和感がないほど夢幻的である。ただし野放図にイマジネーションを垂れ流さず、風呂敷も制御可能な範囲で広げるにとどめる辺り、ミステリとして締めるべき所をきっちり締めて来て、なかなか侮れない。柔弱な青年主人公とハードボイルド型の探偵たちの対象性も印象的な、ジャンルの枠を超える優れた小説である。

川出正樹

『探偵術マニュアル』ジェデダイア・ベリー/黒原敏行訳

創元推理文庫

 突如、〈探偵〉に抜擢された〈記録員〉アンウィン。殺人事件に巻き込まれた彼は、几帳面な性格と、眼鏡っ娘の助手、そして『探偵術マニュアル』を頼りに怪しげなサーカスの謎を追って悪夢の中を彷徨う羽目に。ファンタスティックな世界に心地よく眩惑されていたら、ラストでいかに巧妙に伏線が張られ手掛かりが織り込まれていたかが分かってびっくり。お見それしました! それにしてもピンカートン探偵社のキャッチコピーから、こんなとんでもない物語が生まれてくるとは。

霜月蒼

『エージェント6』トム・ロブ・スミス/田口俊樹訳

新潮文庫

 コナリー級の驚愕プロットとtongue-in-cheekな黒ユーモアの冴える『ビューティ・キラー3 悪心』だ!と決めていたが、〆切ギリギリで本書が鼻骨粉砕の殴打をカマしてきた。人間性と国家が不協和音しか起こさぬ世界。全編に響くのはギギギギギと心のきしむ音。大いなる物語を巡った末に到達する、暗く狭く小さい場所での閉幕。忘れがたい。ヘヴィな話だが弛緩ゼロ。キャラも立ちまくり。傑作。

吉野仁

『エージェント6』トム・ロブ・スミス/田口俊樹訳

新潮文庫

 レオ三部作の完結編は、期待を上まわる出来ばえで興奮するばかり。作者はどこまで主人公に受難の道を歩ませるのか。あと冒頭を読みかけたジェデダイア・ベリー『探偵術マニュアル』は、テリー・ギリアムのような奇妙で愉快な世界観が感じられ、はやく続きが読みたい。

杉江松恋

『謝罪代行社』ゾラン・ドヴェンカー/小津薫訳

ハヤカワ・ミステリ

 謝罪代行業なる新ビジネスを始めた四人の若者が、正体不明の殺人者に脅迫されて死体処理をさせられる。有無を言わせぬ状況設定でぐいぐいとサスペンスの中に読者を巻き込んでいくやり方が凄まじく、目が回りそうになる。三つの時制が不思議な形でばらまかれた叙述も特徴的で、終盤になって何がどうなっていたのかが判ると不思議な感動があるのだ。ポケミス版と文庫版が同時発売。

 幻想風味の不思議な『探偵術マニュアル』とロシアの冒険スリラーが人気を集めました。さて来月はどのような作品が上がってくるでしょうか。どうぞお楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧