書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。
先月はアップが遅れてすいませんでした。今月はちょっと早めにお届けします。そろそろ各ベストテンの足音が迫ってきましたが、そういうのとは無関係に好き勝手な作品をそれぞれ紹介していきますよ。
さあ、今月も書評七福神のマイベストをお伝えします。
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複は気にしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
川出正樹
『ブラッド・ブラザー』ジャック・カーリイ/三角和代訳
文春文庫
連続殺人犯の兄と警察官の弟。互いに手の内を知り尽くした二人がニューヨークを舞台に繰り広げる知的対決の行く末は? 周到に張り巡らされた伏線、大胆に埋め込まれた手掛かり。軽妙洒脱な会話と口当たりの良い展開に読み進めているとラストで想定外の一撃を食らい唖然とすること必至。これは読者を最大限に驚かすために結末から逆算して周到かつ大胆に組みあげた複雑精緻な《逆ピラミッド》なのだ。一切の無駄がなく、すべてが驚愕の真相のために奉仕する極めて潔くて理知的なミステリを読み逃すな。
吉野仁
『ねじれた文字、ねじれた路』トム・フランクリン/伏見威蕃訳
ハヤカワ・ミステリ
今月の、というよりも間違いなく今年のベストに入る作品。少年時代を回想する過去の場面、中年のいまを描く現在のシーン、そのどちらも胸に迫るエピソードで埋め尽くされている。南部に生きる人びととその風土がこれ以上ないほど濃密に描かれた傑作だ。
千街晶之
『シャンハイ・ムーン』S・J・ローザン/直良和美訳
創元推理文庫
現代のニューヨークで起きた殺人事件の背後から、第二次世界大戦前後の悲話と、それにまつわる宝石の伝承が少しずつ浮かび上がってくる。私立探偵小説の枠を借りて、国家と民族と個人を翻弄する歴史の残酷さ、人間の運命の数奇さ、そして欲望に振り回され幻に固執することの愚かしさを描ききった、奥行きの深い傑作。
北上次郎
『変わらざるもの』フィリップ・カー/柳沢伸洋訳
PHP文芸文庫
あのグンターが15年ぶりに帰って来た。とはいっても、第1作『偽りの街』以外はほとんど忘れているので、おそるおそる読み始めたら、面白い。特に後半は一気読みだ。
杉江松恋
『ねじれた文字、ねじれた路』トム・フランクリン/伏見威蕃訳
ハヤカワ・ミステリ
大いに笑わせてくれたイアン・マキューアン『ソーラー』(新潮社)とどっちにしようか迷ったんだけど、こっちに。短篇集『密猟者たち』以来ずっと待っていたわけですからね。スティーヴン・キングを愛するオタク少年が、ド田舎でマッチョな親父のいる家に生まれてしまったために本来の自分を出すことができずにねじくれ、あげくの果てに少女誘拐殺人犯の濡れ衣を着せられてしまうというプロットがもう他人事ではなくてさ。彼は四十一歳になっても童貞で、一人の友達もいなくて孤独に暮らしているんだよ。もうその境遇を想像するだけでいてもたってもいられません。文章も美しく、素敵な小説だ。
霜月蒼
『ねじれた文字、ねじれた路』トム・フランクリン/伏見威蕃訳
ハヤカワ・ミステリ
ミステリ年度末なので巨弾がくるかな?と身構えてたんだけど良き小品が多数という印象が強かった9月、静かに悲しく孤独な本作を推しましょう。もっと酷薄だったら大傑作だったのに、個人的には思わぬでもないですが、ジョン・ハートは線が細すぎ、とお嘆きの貴兄におすすめします。ハナ差で2着は『ブラッド・ブラザー』。本格ファンはこちらをどうぞ。
酒井貞道
『三つの秘文字』S・J・ボルトン/法村里絵訳
創元推理文庫
今月も力作揃いで悩みました。『シャンハイ・ムーン』は解説を書いたので棄権。他は『ブラッド・ブラザー』の凝縮度、『変わらざるもの』の重みが忘れがたいですが、「えっ、これってそういう話だったの?!」と驚かされた『三つの秘文字』を選びます。際物では全くなく、達者にして堅実な語り口が最初から読者の心を掴むはず。アン・クリーヴスとは全く異なる、しかし同じぐらいリアルで魅力に溢れたシェトランド諸島での、芯の強いヒロインの冒険をお楽しみください。
『ねじれた文字、ねじれた路』が三人と多かったですが、大差という印象はなかった一月でした。いよいよ十月、読書の秋も本番真っ盛りですね。来月はどのような本がここに並びますやら。どうぞお楽しみに。(杉)