「公園デビューって勇気がいるのよね。ほら、新人ははいりにくいでしょ」
うんうん、たしかに、たしかに。ただし、そうわたしに言った友人が連れているのは幼児ではなく子犬。念願の子犬を飼いはじめて、さてお散歩に近所の公園まで……と思って出かけてみても、あちらにもこちらにも立ち話に興じる数人の飼い主と犬のグループができているからはいりにくい、というお悩みなのだ。
今回ご紹介する作品のおもな舞台は、そんな悩みを持つ飼い主がいそうなカリフォルニア州バークレーにあるドッグパーク(犬の公園)、日本でいうところのドッグランである。
主人公のマックスはオペラ歌手。同じくオペラ歌手で、マックスの言によるととんでもない鬼嫁の妻と離婚し、ただいま独身生活満喫中だ。
ある日、海外ツアー中のマックスのもとに、友人のクラウディアから電話がはいる。夫ラリーの浮気が原因で派手に夫婦げんかをしたのち、ラリーが家を出ていったというのだ。動揺しているクラウディアが心配になったマックスは、ツアー最後のステージを終えると、スーツケースを抱えたまま、まっすぐクラウディアの家に向かった。
彼女はラリーが出ていった3週間前から家にひきこもり、アルコールに溺れていた。マックスは、その間ずっと家に閉じ込められていた夫妻の犬アスタがかわいそうになり、クラウディアに代わって散歩させることにする。だが、犬の散歩なんてどうしたらいいかわからない。とにかく近所のドッグランに連れていこう。そう、マックスは思いがけず“公園デビュー”することになったのだ。
さてさて、ラリーがよくそのドッグランを利用していたので、アスタはいわば常連。おかげでマックスはどこのグループにもはいれずに孤独に過ごすという公園デビューの洗礼を受けることなく、常連の飼い主たちの輪に加わった。しかし、そこはひとくせもふたくせもありそうな個性豊かな飼い主たちが集まる閉鎖的な世界だった。
ラリーの仕事や私生活までやけに詳しく知っているジョルディや、ほんとうに動物を診ることができるのか怪しい白髪頭のヴェトナム系獣医のエド、毎日のように他人の犬を連れてくるゲイター、何やら深い事情がありそうな同性愛者のキムとマーシー……彼らはつねに誰かのうわさ話に熱中し、他人の生活を詮索し、あれこれ自分の意見を披露する。さながらテレビのワイドショーのコメンテーターのようだ。マックスは何度かドッグランに通ううちに、すっかりそんな彼らの仲間となる。
くせのある常連メンバーのなかで一服の清涼剤とでも言うべき存在が、ドッグランの向かいに住む美しいエイミーだった。メンバーたちみんながエイミーに好意を持っており、もうすぐ臨月を迎える彼女のために、赤ちゃんへのプレゼントを贈るベイビー・シャワー・パーティをひらく。(ふだんは勝手気ままなメンバーたちが、どうやってエイミーに喜んでもらおうかと話しあうようすはほほえましい!)
ある日、高齢の女性に連れられて初めてドッグランにやってきたピットブルが、いきなりエイミーの愛犬のパグを襲った。ピットブルは鋭い牙でパグに噛みつき、その小さな体を宙で振りまわす。あわやというところで常連メンバーがかなてこでピットブルを殴りつけ、パグは一命をとりとめるが、白昼の悲鳴に警察がやってくる騒ぎになった。ピットブルの飼い主のキャンディは警察の事情聴取を受け、危険な犬と見なされたピットブルは動物管理局で殺処分される運命に。
ピットブルの一件からしばらくたったある日、常連メンバーたちがドッグランにたむろしていると、エイミーの夫スティーヴンが慌てたようすでやってくる。前夜からエイミーが帰宅していないというのだ。
もともと詮索好き、おしゃべり好きな常連メンバーの面々は、それぞれが勝手な推理を披露する。愛犬を殺されたキャンディの復讐だとか、実は不仲だった夫スティーヴの仕業だとか、エイミーはほんとうは同性愛者で、夫から逃れるために家を出たのだとか。はたまた、エイミー自身に秘密の愛人がいて、おなかの赤ん坊も愛人の子だから、生まれる前に夫から逃げただけだ、という説も飛びだした。
警察の捜査がはじまり、これといって事件のない静かな住宅街で起こった臨月間近の美しき妊婦の失踪というセンセーショナルな事件は、すぐにメディアの注目の的となった。ドッグランのメンバーはかわるがわる警察の事情聴取を受け、メディアに取材されて、芝居がかった涙で視聴者の同情を誘ったり、エイミーの居場所と犯人について自説を大げさに披露したり、誰もが自分が主役であるかのようにふるまった。
そうこうしているうちに警察がなぜかマックスにまとわりついたり、家を出たはずのラリーが近所をうろついたり、エイミーとスティーヴの家に大手不動産会社のやり手の営業ウーマンが出入りしたり、失踪事件と関係あるのかないのか、ドッグラン周辺には妙な気配が漂いはじめる。
はたしてエイミーは無事なのか。彼女の失踪の裏にどんな事情があるのか——
本書は著者シンシア・ロビンソンによる初長編となるコージー・ミステリーで、オペラ歌手マックス・ブラヴォー・シリーズ第1作だ。
この作品の魅力は、なんといってもドッグランの利用者たちを中心とする多種多様な登場人物。よくもまあこれだけ妙ちきりんなキャラクターを思いついたものだと思うほど、風変わりな人々が次から次へと登場する。それぞれがおしゃべりで主張が強く、存在感があるものだから、なんだか劇場で”The Dog Park Club”というお芝居を観ているかのようだ。
そんな強烈な登場人物たちのなか、マックスは一見してかなり常識人に見えるのだが、ラリーへの執着はどこへやら、別の男性になびきそうなクラウディアに微妙な嫉妬心を抱いたり、大まじめで捜査中の刑事を相手にオヤジっぽいジョークを披露したり、やっぱりどこか妙。このマックスが個性的なドッグラン仲間とどうわたりあい、事件の謎にどう迫っていくのか、ミステリーでありながらコメディの要素もふんだんに盛りこまれているので、ページを捲るのが実に楽しい作品だった。
それにしても、こんなにも多弁な登場人物をどうやって思いついたのだろうと思っていたら、著者公式サイト(http://www.cynthiarobinsonauthor.com/)によると、著者自身が自他共に認めるおしゃべり好きらしい。道理でね。
また、著者は愛犬家でもあり、エイミーと同じパグを飼っている。愛犬家ならではの観察眼もこの作品のおもしろさに大きく貢献している。だって、どの飼い主もヘンだけど、どこのドッグランにもいそうな人ばかりなのだ。
この11月に刊行されるシリーズ2作目 The Barbary Dogs で、マックスは、古い友人で作家のフランクがゴールデンゲートブリッジから飛びおりたショッキングな死亡事件に巻きこまれるらしい。おしゃべり好きな作家が、次作で登場人物たちに何を語らせるか。いまからとても楽しみだ。
◇片山奈緒美(かたやま なおみ) |
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翻訳者。北海道旭川市出身。ミステリの訳書はリンダ・O・ジョンストン著『愛犬をつれた名探偵』ほかペット探偵シリーズ。自他共にみとめる犬好きで、犬がらみの書籍の翻訳にも精力的に取り組んでいる。最新訳書は『ブライアン・トレーシーのYES! 年収1000万円以上を実現する21のカギ』(主婦の友社)。 ●Twitterアカウント→ @naolynne |