今回はジョナサン・エイムズの “A Man Named Doll”(2021) をご紹介します。

 主人公のハッピー・ドールは、海軍で7年を過ごし、ロサンゼルス警察に10年勤めたのち独立、いまは私立探偵業を営んでいます。けれども探偵としての仕事はほとんどなく、ふだんはマッサージ店で用心棒として働いています。そんな彼のもとを、警官時代の先輩ルー・シェルトンが相談に訪れるシーンから物語は始まります。
 シェルトンは何年か前に病気で腎臓のひとつを摘出したのですが、残ったもうひとつの腎臓もこのところ状態が悪化し、このままでは、人工透析をするしかなくなるとの診断を受けます。それだけはなんとしても避けたいというシェルトンは、腎臓移植を検討するのですが、普通に移植希望者のリストにのせてもらったのでは、順番がまわってくるのがいつになるかわかりません。そこで、おまえの腎臓を提供してもらえないか。シェルトンはドールにそう頼むのでした。
 突飛な依頼にあわてたドールはなんとか断ろうとしますが、検討するだけはしてみると約束させられてしまいます。けれどもそんなあいまいな対応をしてしまったことをすぐに反省します。というのも、警官時代にシェルトンに命を救われたことがあったからです。暴動の鎮圧に駆り出された際、シェルトンはドールの身代わりとなって暴徒の銃弾を受け、その結果、脾臓を失ってしまいました。シェルトンがかばってくれなかったら、防弾チョッキを着ていなかったドールは死んでいたかもしれない。そう考えれば、片方の腎臓を提供することくらい、なんということもないはずでは?
 こうして腎臓提供の意思を固めたドールですが、シェルトンと連絡が取れなくなります。留守電に「問題は解決した」という内容のメッセージが入っていたので、腎臓移植のめどが立ったのだろうと思っていたところへシェルトンが訪ねてきます。腹部に銃弾を受け、瀕死の状態で。「これを売った金を娘に渡してほしい」とダイヤモンドが入った小袋をドールに託し、息を引き取るのでした。
 腎臓提供の依頼に即答していれば、シェルトンは殺されずにすんだのではないか。後悔の念に突き動かされるように、残された手がかりをたどっていくうち、ドールの身にも危険が迫り……。

 作者のジョナサン・エイムズは、日本では『ビューティフル・デイ』(唐木田みゆき訳/ハヤカワ文庫NV)が紹介されています。リン・ラムジー監督、ホアキン・フェニックス主演で映画化され、第70回カンヌ国際映画祭で脚本賞と男優賞を受賞した作品ですので、ご存じの方も多いでしょう。バイオレンスな内容なのに文章は淡々としていて、そこがとてもスタイリッシュでかっこいいと思いましたが、この “A Man Named Doll” もダークでスタイリッシュで、とにかくかっこよさにあふれた作品です。また、『ビューティフル・デイ』の主役のジョーは作中でかなり痛い目に遭わされますが、こちらのハッピー・ドールも負けてません。マッサージ店の客に顔を切られて重傷を負ったり、犯人にとんでもないこと(ネタバレにつき書けず)をされたりと、命がいくつあっても足りないような目に遭っています。
 ついでながら、ハッピー・ドールという名前は本名という設定で、電話で本名を名乗ると、「いたずら電話ですか?」と相手に言われてしまう場面があって、思わずくすりとさせられます。ほかにも、愛犬とのやりとりなど、コメディリリーフ的なシーンが効果的に使われ、バイオレンス一辺倒になっていないところがとても好みです。
 本作はハッピー・ドール・シリーズの1作めで、2022年には2作めの “The Wheel of Doll”、つい最近、2025年1月には3作めの “Karma Doll” が出版されています。”The Wheel of Doll” は、2023年にアメリカ私立探偵作家クラブ(PWA)が主催するシェイマス賞の最優秀長編賞を受賞しています。こちらは今回ご紹介した本とはちがい、依頼を受けてドールが動くという私立探偵小説らしい設定のようです。こちらもぜひ読んでみなくては。

東野さやか(ひがしの さやか)

最新訳書はM・W・クレイヴン『ボタニストの殺人』。その他、ヴァン・ペルト『親愛なる八本脚の友だち 』、スロウカム『バイオリン狂騒曲』、チャイルズ『レモン・ティーと危ない秘密の話。埼玉読書会と沖縄読書会の世話人業はただいまお休み中。ツイッターアカウントは @andrea2121

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