書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 さて、2012年刊行作品としては初の書評七福神をお届けします。「2月は逃げる」といい、お忙しい時期かとは思いますが、ぜひご一読いただき、読書の参考にしてください。 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『真鍮の評決』マイクル・コナリー/古沢嘉通訳

講談社文庫

『リンカーン弁護士』に登場した刑事弁護士ミッキー・ハラーと、お馴染みハリー・ボッシュ刑事の共演篇。一見無駄な脇道に思えるエピソードがひとつに繋がってどんでん返しを演出するカタルシスに、技巧派コナリーの本領が発揮されている。単独で読んでも面白い作品だが、ハラー、ボッシュ両シリーズのファンならもっと愉しめる筈だ。

北上次郎

『アイアン・ハウス』ジョン・ハート/東野さやか訳

早川書房

 孤児院で育った兄弟が生き別れになり、兄は殺し屋になり、弟は作家になって再会する−−という帯の惹句に「なんだか読んだことのあるような話だなあ」と思って読み始めるととんでもない。意外な話が意外な方向に展開する。いや、違うな。キャラが意外なのだ。だから初めての小説であるかのように新鮮なのである。やっぱりジョン・ハートはうまい。

川出正樹

『火焔の鎖』ジム・ケリー/玉木亨訳

創元推理文庫

 猛暑が続く英国東部の沼沢地帯で米空軍機が農場に墜落。荒れ狂う炎の中で農場主の娘は、なぜ生後間もない我が子と現場から救出した他人の赤ん坊とをすりかえたのか? 二十七年の後、”過去からの長い炎の腕”が誘発した悲劇は、いくつもの事件と複雑に絡み合って錯綜を極める。ウェルメイドな謎解きとひねりの利いたユーモアを兼ね備えた英国探偵小説の正当なる裔と呼ぶに相応しい逸品だ。

霜月蒼

『真鍮の評決』マイクル・コナリー/古沢嘉通訳

講談社文庫

 ユーモアをビートの随所に利かせてリズミカルに駆ける語り口。その底には一貫して息づまるような危機の感覚がウォーキングするベースのように脈打つ。中盤で明かされる大胆な策略/クライマックスの法廷劇/意外な犯人の登場——過去のミステリの美点を咀嚼したから生み出せた現代ミステリのお手本のごとき快作。ときにコナリーの叙情はひどい歯痛に苦しんでるみたいな過剰な深刻さを帯びるが、本書の軽快な文体では、その美点が100%活きる。すばらしく楽しい一冊。本書と『解錠師』(これも傑作!)が2012年の初泣き本だったことも付記しておく。

酒井貞道

『裏返しの男』フレッド・ヴァルガス/田中千春訳

創元推理文庫

 狼男をモチーフに配した奇妙な事件を、どこかつかみ所のない印象を受ける登場人物たちが彩る。謎はホラーテイスト満載で、ストーリーも随所で急展開するにもかかわらず、泥くさく血なまぐさい恐怖感や緊迫感はない。だが、とても強く惹きつけられる。これはそういう不思議で魅力的な小説なのである……などと澄ましていると、伏線の多さに足元をすくわれます。本書は、品の良いフランス・ミステリ(と言うと拒否感出る人もいそうだけれど、実際、上質な「品の良いフランス・ミステリ」は、これはこれで味だし、面白いんです)であると同時に、裏でしっかり本格もしてくれているのです。

吉野仁

『パーフェクト・ハンター』トム・ウッド/熊谷千寿訳

ハヤカワ文庫NV

 冒頭からたたみかけるように展開していくのはプロの暗殺者が七人の刺客との凄まじい銃撃戦。この描写の密度が濃く、半端ない緊迫感と迫力なのだ。機密の奪い合いを含め、すべて型通りの物語ながら、活劇のアイデアを惜しげなくぶちこみ、死闘を描ききった冒険アクション巨篇として、その筋の愛好者は必ず絶対なにがあっても読むべし!

杉江松恋

『火焔の鎖』ジム・ケリー/玉木亨訳

創元推理文庫

 一作目の『水時計』を読んで「あれ、この人って意外と化ける作家なのかも」という予感を抱いたのが見事に的中。冷たい水のイメージからあたりを舐めつくしていく炎へと見事に転じ、好評を博した作品の続篇というプレッシャーをはねのけてみせました。えらいね、どうも。効果的な背景の使い方といい、妻との関係を描いて主人公の人物像を浮き上がらせていく筆法といい、巧いとしかいいようがない。まさに読むご馳走だ。先年亡くなったレジナルド・ヒルの穴を埋め、英国ミステリ界の中軸としてがんばってください。第三作も必読だよ、きっと。

 大ベストセラーこそないものの、今月も粒ぞろいでしたね。ここで一つ告知です。2011年度にいちばんおもしろかった作品に読者が投票して決めるtwitter文学賞が現在開催中です。公式アカウントはこちら。twitterユーザーで、まだ投票をお済ませではない方はぜひ参加してみてくださいね。それではまた、来月お会いしましょう。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧