書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 少し遅くなりましたが、今月も書評七福神をお届けします。二月は寒くて家から出にくかったから、みなさんも読書が進んだのではないでしょうか? 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『罪悪』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳

東京創元社

 昨年の話題作『犯罪』に続くシーラッハの第二短篇集。恐るべきことに前作より更に叙情性を削ぎ落とした本書にあっては、原因と結果を結ぶ糸はあちこちで絡まりあい、法は真実を暴く力を喪い、罪と罰の均衡を計る天秤は狂っている。すべての蝶番が壊れた荒涼たる世界にあって、人間が罪悪へと堕ちてゆく短い物語だけが絶え間なく紡がれてゆくのだ。

霜月蒼

『第六ポンプ』パオロ・バチガルピ/中原尚哉・金子浩訳

ハヤカワ新SFシリーズ

 長編『ねじまき少女』は滅びゆく世界に鬱積するトロピカルな熱を内燃機関としたスリラーだったが、同質の暗い気配に支配された初短編集『第六ポンプ』には、「ノワール」と断言できるほどの酷薄さが宿っている。ことに「イエローカードマン」の幕切れに俺は痺れた。明白にフィルム・ノワールのロマンティシズムをたたえる「ポップ隊」も素晴らしく絶望的だ。壮大なパースペクティヴを持ちつつも、視点は薄汚れた路上に——だから俺はバチガルピに惹かれるのだ。ノワール者必読。

川出正樹

『粛清』ソフィ・オクサネン/上野元美訳

早川書房

 凍土にも似た諦念と埋み火の如き情念の半世紀にもわたる相剋を胸に、地と血にこだわり生き抜いてきたエストニア人の老婆。信じた未来に裏切られすべてを失いながらも、唯一つの目的を胸に老婆の家にたどり着き、行き倒れたロシア人の娘。過去と現在との往還から徐々に明かされる二人の女性の人生が重く響く。ミステリとして読むのは邪道だろうが、鈍い斧で切り出すようにして、徐々に真相を開示していくこの物語を、サスペンスを愛する者としては推さずにはいられない。

北上次郎

『パーフェクト・ハンター』トム・ウッド/熊谷千寿訳

ハヤカワ文庫NV

 いやあ、面白い。アクションの緊度、迫力、リズム、すべてが申し分ない。久々に堪能できる冒険小説だ。注文も、ないわけではないが、ここまで書ければ十分だ。

吉野仁

『罪悪』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳

東京創元社

 前作『犯罪』同様、なにかこの世の見てはいけない部分をのぞきこんでしまったような畏怖を感じさせられる作品がならぶ。読む側も「罪悪」を感じてしまうのだ。あらためて作者の犯罪を見る視線と描写の凄みに恐れいった。『犯罪』に魅入られた方はこちらも必読である。

酒井貞道

『冬の灯台が語るとき』ヨハン・テオリン/三角和代訳

ハヤカワ・ミステリ

 昔からいくつもの悲劇を見て来た双子の灯台。そして今また、その近くにを引っ越して来たヨアキムが、家族を失い、沈んだ日々を送る——本書の核は間違いなく、このヨアキムの喪失感であり、全篇に刻印された哀感に打たれない読者はいまい。だがヨハン・テオリンはそれだけにとどまらず、職業犯罪者や女性警官の苦悩を描くプロットを絡めた上で、巧緻な計算によって《意外にして論理的な真相》すら用意する。しかも全体のバランスもいい。強固な構成と豊かな肉付けが両立した、味わい深い小説である。

杉江松恋

『罪悪』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳

東京創元社

 あれだけ第一作はおもしろかったのだからもう十分二作目は過度な期待は禁物、と思って読み始めたのだがとんでもなかった。第二作のほうがはるかに上じゃん! 冒頭の「ふるさと祭り」。少女のレイプ犯罪を巡る話で、とても短いのにぐっと心に迫る内容がある。「間男」は法廷ミステリとしても傑作だ。そして「鍵」のオフビートな味よ! 頭の中に映像が浮かんでくる。笑いが止まらなくなる。これだけバラエティに富んだ内容を、抑えた筆致で書き上げた技量はおそるべきものがある。ハードルは高くなるばかりだ。どこまで行くんだよ、シーラッハ!

 おそるべきシーラッハ。そして他の作品も魅力的です。年度末になり、みなさんお忙しいかとは思いますが、どうぞ読書のためにお役立てください。では、来月。またお会いしましょう。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧