ランズデールと聞いて、みなさん思い浮かべるのはアメリカ探偵作家クラブ長篇賞受賞の『ボトムズ』? それともノワールな『テキサス・ナイトランナーズ』やSFの『モンスター・ドライヴイン』ですか? アメリカ・ホラー作家協会の共同設立者のひとりであり、自身もブラム・ストーカー賞を何度も受賞、今週開催されるコンベンションでは生涯功労賞を受賞するそうですから、まっさきにそちらを連想する人もいそう。

 でも、多彩なランズデール作品のなかでもハップ&レナードのコンビが主役のシリーズを挙げる人も少なくないのでは。もうですね、南部ホラ話的設定が効いたふたりの本音トークが素敵なシリーズで。去年、シンジケート後援の読書会で『罪深き誘惑のマンボ』が課題になったときに、あれっ、2〜6作目は邦訳があるけれど、1作目っていまでも未訳? とあらためて気づいたんです。訳者は本サイトのエッセイ、翻訳だらだらでおなじみの鎌田三平さん。未訳なのはすごい理由があったらどうしようと、おそるおそるお訊ねしてみると、主役コンビの過激さが度を超しているから——なんて、内容に問題があるためではなく、本国の新刊から先に翻訳することが決まっていったためのタイミングの問題だったとのこと。では、どんな中身なんでしょう。

 記念すべきハップとレナードの初登場は、テキサスの野原でのんびりとクレイ射撃の場面。そこにハップの元妻、トルーディが現れます。?喉から脚が生えているような?スタイル抜群のブロンド美女です。レナードはあからさまに嫌な顔。未練たっぷりのハップがトルーディにいつも振りまわされているから。案の定、トルーディはハップをベッドでたぶらかした後に、金儲けの話をもちだします。銀行強盗によって奪われた金を積んだボートがボトムズ——低湿地帯に沈んでいる情報をつかんだ。けれども当事者はすべて死亡していて、残された手がかりは少ない。そこでボトムズ育ちのハップならば場所を突きとめることができるのではないか、というのです。ハップは金になるのだからと、レナードにも一枚噛ませて協力することに。世の中、そんなにおいしい話が転がっているはずがないと、苦労人のふたりならばわかっていたはずなのに、という展開が待っている宝探し+アクションもの。

 胸熱だ。登場人物みんな、常識からは危ないほどにずれているのだけれど真剣そのもの。宝探しは金うんぬんだけじゃなく、時代の流れによって見失ってしまった拠り所を取りもどすための作業でもある。この作品の発表は1990年。60年代後半〜70年代初めに青春を過ごした登場人物たちは、ベトナム戦争や公民権運動の影響を当然強く受けています。

 せっかくの1作目ですから、少し細かく語り手のハップについて書きましょうか。いわゆるホワイト・トラッシュの家庭に育ち、親父より少しでもいい生活をしたいというささやかなアメリカン・ドリームを抱き、鋳鉄工場での何年もの重労働で学資をためてから大学へ。時代の影響で、経営学から社会学へ専攻を変え、ビートルズのアルバムを集めて髪を伸ばして。集会でトルーディに出会って一目惚れ、ふたりは1970年になる直前に学生結婚します。ところが、理想を語り合った夢のような60年代が終わると夢は夢でしかなかったのかもしれない、と思えるように。ベトナム戦争が激化し、大勢の若者が亡くなっていくなかで、大学に通っていることで徴兵猶予のハップは罪悪感を覚えるようになります。この戦争に対する自分の意見を表明したくなり、トルーディにも大いに励まされて、大学を辞め、徴兵検査を受けてパスした上で、兵士となることを拒否します。良心的兵役拒否者として署名することも拒否。どんな理由であっても戦いそのものがまちがっていると宣言することになるからです。ハップが否定しているのはこの戦争だけなのでそれはちがう。こうしてハップは刑務所へ。最初は満足していましたが、1年半の服役でトルーディの面会はだんだん減っていき、最後には、エコロジー運動に関わる男に出会ったという手紙を寄こして離婚を申請されます。愛もない、金もない。大学にいた頃は恵まれない人のために働こうと考えていた彼が故郷に帰ってくる頃には、自分が恵まれない人になっていたのです。

 そんな彼でも雇ってくれたバラ園での仕事で出会ったレナードは、武術の達人でベトナム帰還兵。メダルももらっている戦争の英雄で、ハップのさまざまなことに対する見解を気に入ってはくれないけれど、そこがハップ自身を嫌う理由にはならなかったんですね。レナードのほうには、父親に殴られて育ち、成長して身体が大きくなったレナードがやり返すと、父親は家を出てもどってこなかったという背景があります。保守的なテキサスにあって黒人でありゲイであるために心ない言われようをする場面も多いのはシリーズ読者のみなさん、ご存じのとおり。だからといって、被害者意識をもったり自分を哀れんだりなんかしていないことも。どぎつい物言いの多いシリーズなんですが、世間はそりゃ平等じゃないよという想いや、敢えて口に出せばそんな不平等もいつかやっつけられたら、という想いが込められているようにも感じます。

 ランズデールの描く人物は退屈とは無縁でそのあたりも魅力のひとつ。宝探しチームのトルーディの前夫で活動家(エコロジー運動の彼とは別人ね)、顔に大きな傷を負っている元爆破一味のリーダー(このリーダーがいいんですよ、すごく)、小太りで冴えなくて、でも大きなことに関わりたい資産家の息子、それから敵役の超人的な悪党たちと、カラフル。この1作目はとくに、トルーディのビッチぶりが際だっております。ハップもそうだったし、これまでの夫たちもみなそうなのですが、男を特別な存在になるよう導き、その男に愛されている自分は特別だと思えるのがいい、でも、成功したとたんに、その男への興味はなくなるの、と、のたまうのです。のせられるほうもシャンとしておけよ、っていうのはありますが、なんかもう、ぶんぶん振りまわしてやりたい。そんなトルーディなのですが、きっちり芯のとおった根性を見せる場面もあったりして、ランズデールは細やか。

 プロットのほうも、金を巡るありふれたいざこざを想像していると、トルーディの集めた宝探しチームは、あっと驚く大胆な目的を隠しもっていて、リアルに「あっ」と言ってしまいました。執着はここまで人を歪ませるのかと思うと心が重くなります。プロットについてはまだ話したいことがあるんですが、このへんにしておきます。まとめ:むちゃくちゃおもしろいです、この1作目。

 6作目『テキサスの懲りない面々』以降、ランズデールはしばらくノン・シリーズものなどの執筆を続けていたのですが、ハップ&レナードのシリーズ長編新作が2009年の Vanilla Ride、2011年の Devil Red と刊行されています。拾い読みしたところ、Vanilla Ride はマフィアとの対決がからんだ話で、タイトルと同名の謎の暗殺者がクール。Devil Red は赤い悪魔の絵を現場に残す連続殺人事件の陰にヴァンパイア・カルトの存在がある作品。ふたりを事件に巻きこむきっかけはどちらの作品も、警察を辞めて私立探偵事務所を始めたマーヴィン・ハンソンの声かけであり、シリーズ後半で登場するブレット・ソウヤーも相変わらず登場と、シリーズ読者の興味を引きそうな設定です。どちらの作品も、それから今回ご紹介した第1作もkindle版がありますので、手に入れやすいかと。

 そうそう、邦訳のシリーズは、一度見たら忘れられない寺田克也氏のカバーがいかしていますよね。第1作の表紙を想像すると——ボトムズを背景に小鳥、かな。ハップとトルーディの愛の象徴だった小鳥なんですが……その顛末は本当は全部書いてしまいたいくらいロマンチックで残酷。

三角和代(みすみかずよ) ミステリと音楽を中心に手がける翻訳者。10時と3時のおやつを中心に生きている。訳書にヨハン・テオリン『冬の灯台が語るとき』、ジャック・カーリイ『ブラッド・ブラザー』、ジョン・ディクスン・カー『帽子収集狂事件』他。

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