今回紹介する二人の作家、マシュー・ダンとマーク・グリーニーは共に情報組織の工作員を主人公とする作品を書いていますが、その設定はかなり対照的です。

 ダン描くところの主人公はMI6(英国情報局秘密情報部)工作員のウィル・コクラン。著者自身も元MI6とのことで、そのデビュー作 Spycatcher(’10)は話題作となっているようです。

 イランが西側諸国に対して大がかりなテロを目論んでいる情報をつかんだCIAはMI6に協力を依頼、MI6は情報提供者に接触させるためウィルをサラエヴォへ派遣する。調査を進めたウィルはテロの首謀者が〈メギド〉と呼ばれる工作員であり、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争当時、アラブ系英国人ジャーナリストのラナを利用してイスラム系住民を支援するための資金を運ばせていたという情報を得る。

 ラナの協力を依頼したウィルは〈メギド〉をおびき出すべく彼女と共にサラエヴォに赴き、現地のイラン大使館に手紙を送らせる。ラナの警護にはCIA所属の4人から成る少数精鋭のチームがあたっていたが、すぐに彼女を監視しているイランの工作員グループが確認される。

 手紙のやり取りを繰り返すだけでなかなか姿を現さない〈メギド〉を挑発するため、ウィルは自ら囮となって公然とラナに接触する。イラン側はサラエヴォとウィーンでウィルを拉致しようと仕掛けてくるが、CIAチームの助けを借りてこれを退けたウィルはクロアチアの首都であるザグレブで待機していた監視チームの残りのメンバーまでも掃討する。

 ようやくボストンで会おうという連絡が〈メギド〉からラナに届く。ウィルは〈メギド〉を拘束するべく準備を進めるが……

 ダンはMI6で様々な作戦に携わったと紹介されていますが、Spycatcher はその経歴にふさわしく、物語の冒頭から結末に至るまで緊迫感あふれる展開となっています。

 死者が出るほどの過酷な訓練課程を経て〈スパルタン〉という暗号名を与えられた主人公は情にもろい一面も持ち合わせており、上官の指令を無視してもテロリストに拉致された同僚の工作員を独断で救出したという経歴の持ち主でもあります。

 超人的な身体能力を発揮して、時には上官の指令よりも自分の判断を優先させながら〈メギド〉の陰謀を阻止するべく突き進むウィル。欧州と米国を駆け巡りながら繰り広げられるイラン工作員との戦闘場面やテロの標的を突き止めようと二転三転する情報戦は迫力満点で、登場人物たちの複雑な性格も丁寧に描かれており、読者を大いに楽しませてくれます。

 これに対してグリーニーはCIAから追われる元工作員のコート・ジェント リーを主人公とするシリーズをこれまで三作上梓しており、第三作Ballistic (’11)はアマゾン流域に潜伏していたコートが追手から逃走する場面で幕を開けます。

 メキシコを通過中、かつてラオスで自分の命を救ってくれたエドゥアルド・ガンボアが亡くなったことを知ったコートは急遽ガンボア家を訪れる。元DEA(米国麻薬取締局)のエドゥアルドはその後祖国に戻って警察官となり、犯罪組織のリーダー、ダニエル・デ・ラローチャを掃討する極秘任務の際に部下と共に殉職していた。

 エドゥアルドの妻エレナに会ったコートは、エドゥアルドが別の組織に雇われてデ・ラローチャを狙ったという汚名を着せられていること、更にエレナが翌日に予定されている殉職した警官たちの追悼集会に出席することを知らされる。

 身重のエレナを心配するコートは集会が開催される広場へ赴くが、そこにデ・ラローチャが現れ、殉職した警官たちは自分と敵対する組織に買収されていた、と公言する。その時武装した集団が集まった人々に銃弾を浴びせ始める。

 コートはエレナたちを広場から脱出させることに成功したものの、警察をも抱き込んでいるデ・ラローチャが差し向ける追手をかわしながら彼らを護衛することになってしまう。デ・ラローチャの権力は強大で、その部下や彼に雇われた汚職警官たちが次から次へとコートたちに襲いかかり、切羽詰まったコートたちはエレナの妹、ローラの亡くなった夫がかつて暮らしていた大邸宅へと向かうが……

 エドゥアルドの墓参りをすませて行方をくらまそうと計画していたコートは、ガンボア家の面々に頼られて彼らの庇護者を務める結果となります。命を落としかねない危険な恩返しをする羽目になったコートですが、当然のことながら組織の支援を当てにすることも出来ません。

 命令を受けて行動することは得意だが、他人に指示を下すことなんか出来やしない、と一人でぼやきつつエドゥアルドを慕っていた元部下たちの力も借りてその場その場で判断を下し、ひたすら生き延びようと悪戦苦闘します。

 Spycatcher のウィルは正規(?)工作員であり、高価なスーツを着て一流ホテルに出入りする等007を思わせる場面もありますが、文字どおりの非合法工作員であるコートは着た切り雀のみすぼらしい身なりであがくだけ。

 それでも組織に縛られることなく、一匹狼として知力と体力の限りを尽くすコートにはつい肩入れしたくなる魅力があり、二転三転する展開やユーモアを交えた文体とも相まってこれまでのスパイ小説にはない、新鮮な印象を与えてくれます。

 たまたま三作目から読んでしまったので、コートがCIAから追われることになった理由等、シリーズの背景をこれから探るのが楽しみです。

寳村信二(たからむら しんじ)20世紀生まれ。今年観た映画では今のところ『ドライヴ』(ニコラス・ウィンディング・レフン監督)がベスト。 

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