書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 刊行点数ががくっと減ってしまった先月の状況を見て心配していたのですが、四月は何事もなかったかのように元に戻り、ほっとひと安心なのでした。今月も良作揃い。七福神の時間ですよ。 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

千街晶之

『迷走パズル』パトリック・クェンティン/白須清美訳

創元推理文庫

 自分自身の声が殺人を予告するのを聞く——という異様な出来事を発端として、療養所内で連続する怪事件を描いた本格ミステリ。この作品に関しては、何の予備知識もない状態で読むより、演劇プロデューサーのピーター・ダルースが主役を務めるシリーズの第一作だということを知っておいたほうが結末の意外性を味わえるかも。四月はセバスチャン・フィツェック『アイ・コレクター』のトリッキーな構成にも惹かれたけれど、真相がある映画と同じなので選ぶのに躊躇せざるを得なかった。

北上次郎

『マイクロワールド』マイクル・クライトン&リチャード・プレストン/酒井昭伸訳

早川書房

 人間の体が2センチになって、それでジャングルを旅するから、昆虫と闘うんだなと思うでしょ。そんなの新味がねえな、と思うところだが、これがすごい。読み始めたらやめられないほどの臨場感と迫力に満ちている。これはたぶんリチャード・プレストンの功績だ。

霜月蒼

『暴行』ライアン・デイヴィッド・ヤーン/田口俊樹訳

新潮文庫

 コンクリートとアスファルトと街灯。その直線の影の中で起こる理不尽な惨劇と、その周囲に蠢くさまざまな「暴力」。——だから原題は Acts of Violence と複数なのだ。ここでの暴力は人間の切実な何かの発露であり、そう思わせるに十分なくらい著者の筆致は誠実だ。だが安易な救いはここにはなく、おれたち読者は読後の苦味を舌でゆっくり転がして、わずかな希望を探さねばならない。神のごとく冷えた文体はジャック・ケッチャムのまなざしにも通じる。傑作。BGMには都会の殺伐と冷徹と激情を同時に鳴らす、Unsaneの名盤『OCCUPATIONAL HAZARD』を強く強く推す。ジャケットも本書のカバーにぴったりな、誂えたかのごとき好相性ゆえ。

川出正樹

『アイ・コレクター』セバスチャン・フィツェック/小津薫訳

ハヤカワ・ミステリ

 いや、何かやるとは思っていたよ、あの『サイコブレイカー』の生みの親なんだから。そにしても章立てとノンブルを逆にしてラスト”1ページ”に向けてカウントダウンしていくとはね。しかも見かけ倒しのギミックじゃなくって、ラストで思わず「えっ!」と声が出てしまう精緻に組みあげられた超絶技巧ミステリなのだから嬉しくなってしまう。日本の新本格ミステリにこれぼと近い翻訳ミステリも珍しい。既訳作品を読んできた人ならば、思わずニヤリとしてしまう+αのサービスもあって満足満足。

酒井貞道

『暴行』ライアン・デイヴィッド・ヤーン/田口俊樹訳

新潮文庫

 最悪の暴力行為が目撃されているのに誰も助けない、都会的無関心を描く小説——では実はない。加害者、被害者、そして全ての傍観者により構成される主要登場人物は、全員、暴力行為と時を同じくして、人生と人生観の転機を迎える。もちろん中核には、鬱屈に満ちた、やり切れない犯罪行為がある。だが同時に、かけがえのない大切な何かが、ここには確かに息づいているのである。だからこそ、本書は素晴らしい小説になっているのだ。

吉野仁

『マイクロワールド』マイクル・クライトン&リチャード・プレストン/酒井昭伸訳

早川書房

 クライトンの遺稿をプレストンが書き継いだSF大自然サバイバル小説。ミニサイズにされた学生たちが、ハワイのジャングルに放り出されるという大胆な奇想にとどまらず、次から次へと繰り出される生死を賭けた冒険サスペンスが最後まで楽しめる。痛快きわまりないのだ。

杉江松恋

『LAヴァイス』トマス・ピンチョン/キヘン栩木玲子・佐藤良明訳

新潮社

 あのピンチョンだから、と身構えて読み始めたのだが杞憂であった。するする読めるよピンチョン! 1970年、チャーリー・マンソン事件の余波に揺れるロサンジェルスが舞台で、ヒッピー出身の私立探偵が富豪とともに失踪した元恋人の行方を追う。オーバードーズで死亡したはずのミュージシャンがゾンビよろしく復活したり、〈黄金の牙〉なる陰謀集団が暗躍したり、と事件は盛り沢山で、美女に弱いヒッピー探偵は下半身の疼きをこらえながらそれらの謎を追っていく。1970年代アメリカが直面した巨大な無力感を描いてエルロイ〈アンダーグラウンドUSA〉連作と好一対をなす作品でもある。なにより文体のメロウさが癪で、ついほろりとしてしまう場面もあるのだよピンチョン! 読むのだピンチョン!

 これまたバラエティに富んだ一月でした。四月はこれ以外にも文庫作品に秀作が多かった印象が。さてゴールデンウィークを挟んで五月にはどんな作品が紹介されるのでしょうか。また来月、お楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧