翻訳ミステリーを愛するすべてのみなさま、あけましておめでとうございます。
 今年も翻訳ミステリー大賞シンジケートとお気楽読書日記をよろしくお願いいたします。
 年末は多くのみなさまに翻訳ミステリー大賞の予備投票にご協力いただきまして、ありがとうございました。今回から一般読者のみなさまにも投票していただけることになり、年末まで頭を悩ますことになった方もいるかと思いますが、それもまた楽しい作業ですよね?
 今年はどんなおもしろい本に出会えるのかとワクワクしつつ、まずは昨年12月の読書日記から。

 

■12月×日

『わが母なるロージー』はカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの中編。時系列でいうと『その女アレックス』と『傷だらけのカミーユ』のあいだに位置する作品です。もう会えないと思っていたカミーユと再会できたのはうれしい贈り物だけど、びっくりするほど短い。正直もうちょっと長く読んでいたかったけど、なぜか不思議な満足感があるのもたしか。字が大きくて読みやすいので眼にもやさしいし。

 パリで大きな爆破事件が起こる。ジャンと名乗る青年が「爆弾は自分が仕掛けた」と警察に出頭するが、テレビで見たカミーユ・ヴェルーヴェン警部としか話さないという。爆弾はあと六個仕掛けられており、毎日ひとつ爆発するようになっていた。青年が要求しているのは、五百万ユーロの金とある人の釈放。だが、カミーユは青年の態度や反応を見て、なにかがおかしいと感じる。青年がほんとうに求めているものはなんなのか?

 緊張感あふれる三日間を描いたタイムリミット・サスペンス。爆弾はどこに仕掛けられているのかを推理しながら、犯人の心の闇を解読しようとするカミーユ、大活躍です。 
 タイトルにもなっているロージーはジャンの母親なんだけど、これがいわゆる毒親で、読んでいるうちにジャンがかわいそうになってくる。ジャン自身はどうしてこんないい子が生まれてきたんだと思ってしまうほどなのに! カミーユも母親に対しては歪んだ感情を持っているので、センサーがビビッと反応してしまうのもむべなるかな。

 カミーユがそれほどズタボロにならないのはファンとしてちょっとほっとするけど、次で傷だらけになるのかと思うと……。電話やメールのやりとりでだけ登場するアンヌも、この先彼女を待ち受ける運命を思うとつらくなるけど、カミーユとの大人な会話がすてき。

 イケメンでお金持ちで性格もいいという、欠点のないキャラのルイは、もしかして『こち亀』の中川的ポジションなのだろうか、とふと思ってしまった(個人の感想です)。ルイが主人公のスピンオフとかあれば読みたいですよね、みなさん?

 でもやっぱり、小柄の星カミーユ(145センチ)が好き。シリーズ続編はもう無理だろうけど、長編と長編のあいだのエピソードをふくらませて、またこんなふうに中編として出してもらえないかなあ、「一度だけの帰還」なんて言わずに。ちなみに本書はガス管の改修工事のために道路脇にあいていた大きな穴からヒントを得て生まれたそうなので、きっとまた何かをきっかけにしてひらめいてくれると信じています。

 

■12月×日

 またあらたなコージーのシリーズが登場した。マライア・フレデリックの『レディーズ・メイドは見逃さない』だ。つい「家政婦は見た!」や『チョコチップ・クッキーは見ていた』(さりげなく拙訳書を宣伝)を連想してしまうタイトルだが、本書の主人公の職業はレディーズ・メイド。それは、仕える女性の一切の身の回りの世話を任されるメイドのこと。「ダウントン・アビー」(まもなく映画が公開!)などでおなじみですね。でも、本書の舞台は一九一〇年のニューヨークで、イギリス貴族社会とはまたちがった人間模様が繰り広げられます。

 幼い頃にスコットランドからアメリカに渡った移民のジェイン・プレスコットは、苦労してスキルを磨き、かなり仕事のできるメイドとしてベンチリー家に職を得る。ベンチリー家は古い名家ではなくいわゆる成金で、お金はあるけれど社交界での覚えは今ひとつ。ベンチリー家のふたりのお嬢さま、ルイーズとシャーロットのレディーズ・メイドとなったジェインは、手のかかるお嬢さまたちの身の回りのお世話を一手に引き受けながら、お嬢さまたちの関わりが疑われる殺人事件も解明してしまうのです。なんてデキるメイドなんでしょう。

 初めてベンチリー家を訪れた瞬間から、ジェインの観察眼の鋭さには驚くばかり。屋敷の様子から、一家の生活水準やひとりひとりの癖や性格まで推理してしまうのですから、まるでシャーロック・ホームズのようです。たとえ成金であっても主人一家を批判せず、きちんとリスペクトしているところもプロらしい。決してやさしくはなかった前の雇い主のことも、厳しくしつけてくれたからこそ今があると感謝していて、意識の高さに感心してしまいます。つねに冷静で仕事きっちりな上に、思慮深さと芯の強さ、そしてここぞというときに勝負に出る大胆さもあるジェインは、無敵のレディーズ・メイド探偵です。

 労働者の苛酷な状況など、この時代のアメリカが抱えていた問題や、普遍的だけれど由々しき問題を取り上げていて、コージーとしてはかなり硬派。語り口もメイドらしい礼儀正しさから多少堅苦しい印象を受けますが、決して読みにくくはありません。昔語りのような構成も、最後まで読むと意外な仕掛けが明らかになって、うまいなあと思わずうなってしまいました。

 謎解きも読み応えがあり、コージー食わず嫌いな人にもぜひ読んでもらいたい社会派コージー。一九〇〇年代のニューヨークを舞台にアイルランド移民のヒロインが活躍する、リース・ボウエンのモリー・マーフィー・シリーズ(邦訳は『口は災い』と『押しかけ探偵』)が好きな方にもお勧め。

 

■12月×日

 イタリアのクレモナに住むヴァイオリン職人ジャンニ・カスティリョーネを主人公とする、ポール・アダムのヴァイオリン職人シリーズといえば、一作目の『ヴァイオリン職人の探求と推理』と二作目の『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』が出てからもう五年になるんですね。三作目となる『ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器』はなんと日本オリジナル最新作。「訳者自身による新作紹介」で青木悦子さんが書かれているとおり、もともと二作しかなかったところ、版元の東京創元社さんが著者にお願いして書いていただいたそうです。なんて贅沢!

 ヴァイオリン製作学校で講師もしているジャンニ。かつての教え子であるノルウェー人ヴァイオリン職人のリカルド・オルセンがクレモナを訪れ、講演をおこなった。その夜、彼は何者かに殺され、所持品だった北欧の楽器ハルゲンダル・フィドル(ハーディングフェーレ)が消える。ジャンニは教え子の周辺を調べるため、相棒のアントニオ・グァスタフェステ刑事とともにノルウェーへ飛ぶ。

 まさにハルゲンダル・フィドルをめぐる冒険、という感じ(カバーイラストを見ると、この楽器の形状や繊細な細工がよくわかります)。今回の旅は北欧ノルウェー。前二作はヨーロッパグルメ紀行的な楽しみがあったけど、ノルウェーはとにかく雨が多くて物価が高いという印象。後半は雄大な自然を楽しんだりもしてるけど。

 ジャンニは六十五歳で、美老人とイケオジ(現役感あり)の中間ぐらいの感じかな? ちょうどいい枯れ具合なんですよね。「かなりハンサムで人目を惹く容貌をした、あきらかに申し分ない有徳の紳士」(と女性の目には映ってるはず)とか自分でも思ってるみたいだけど、あんまり嫌な感じがしない。職人(匠?)で料理がうまくてアモーレ(?)なイケメンだもの、これはモテますわ。悪天候のせいでノリが悪いグァスタフェステとマルゲリータをドヤ顔で連れ回したはいいけど、思ったとおりにいかずに自爆するジャンニの子供っぽさもかわゆす。眠れないとき、羊じゃなくて野菜を数えるのも。
 四十五歳バツイチなのに相変わらず若造感が強いグァスタフェステ刑事には、ちょっぴりいいことが。さすがアモーレの国の人、情熱的です。

 ノルウェーが生んだ有名人といえばグリーク、イプセン、アムンゼンだけど、世界的に有名なヴァイオリニストだというオーレ・ブルは初めて知った。リカルドのようにイケメンで女性にもてたらしく、『ペール・ギュント』の主人公のモデルだと言われていたり、いろいろなトンデモエピソードがある人で興味深い。ジャンニにはさんざんな言われようだけど。

 これまでの二作を読んでいなくても十分に楽しめますが、この世界観が気に入ったら、一作目から読まずにはいられなくなる呪いをかけておきましたのでよろしく。

 

■12月×日

 二〇一九年最初に読んだ本はネレ・ノイハウスの『悪しき狼』だった。そして、まったくの偶然だけど、最後に読んだ本もノイハウス『生者と死者に告ぐ』。ノイハウスにはじまり、ノイハウスに終わった二〇一九年でした。

 犬を散歩させていた老婦人が頭部を狙撃されて死亡する。その翌日、今度は台所に立っていた女性が窓の外から狙撃され、同じく死亡。数日後には若い男性が遠距離から心臓を撃ち抜かれて死亡するという連続狙撃殺人事件が起こる。犯人はとんでもなく凄腕のスナイパーということしかわからなかったが、警察署に送られてきた〝仕置き人〟による死亡告知を見たホーフハイム刑事警察署主席警部オリヴァー・フォン・ボーデンシュタインは、犯人の恐ろしい目的を知ることになる。二転三転する真相に、あっと驚くこと請け合いの〈オリヴァー&ピア〉シリーズ第七弾。グイグイ読ませます。

 離婚による落ち込みでどうなることかと思ったオリヴァーもほぼ復活して(だって、離婚してもう四年もたつのよ)、ポカをしないどころか、本来の冴えを見せるようになり、ピアとのコンビネーションもまずます。ピアは恋人のクリストフと極秘結婚、豪華クルーズ船のガイドとしてガラパゴス島に行く夫に同行してハネムーンを楽しもうと思っていたのに、やっかいな事件が発生したため旅行をキャンセル。それでも怒らないクリストフって、なんていい人なのかしら。それに引きかえ、ピアがバカンスを断念したと聞いて心底ほっとするオリヴァー。まあ、気持ちはわかるけどね。

 そして、やっとあの嫌なフランクがいなくなったと思ったら、またもやウザキャラの登場。それは州刑事局から助っ人としてやってきた事件分析官のアンドレアス・ネフ。いばり屋で自己中の漫画のようなオレ様キャラで、助っ人どころかチームの足を引っ張ってばかりいるくせに、その自覚がまったくない。ピアはクリスマス休暇で遊びにきていた司法精神医の妹のキムを投入してネフに対抗(いや、そういうつもりじゃなかったんだろうけど)。このキムがまた意外なキャラで、予想外の展開に。捜査十一課のチームワークはもちろん、プライベートからも目が離せません。

 いやあ、おもしろかった〜。いつまでも読んでいたい、読み終えたくないと思うほどのおもしろさ。キャラクター、プロット、テーマ、謎解き、サスペンス。すべてにおいてぬかりなくおもしろい。一年を締めくくるにふさわしい、大満足の作品でした。

 

おまけ:
 
2019年刊行(奥付1月1日〜12月31日)の私的オススメ作品十作をご紹介(刊行順)

『貧乏お嬢さま、駆け落ちする』リース・ボウエン
『拳銃使いの娘』ジョーダン・ハーパー
『戦場のアリス』ケイト・クイン
『国語教師』ユーディト・W・タシュラー
『休日はコーヒーショップで謎解きを』ロバート・ロプレスティ
『サイコセラピスト』アレックス・マイクリーディーズ
『11月に去りし者』ルー・バーニー
『生者と死者に告ぐ』ネレ・ノイハウス
『ネプチューンの影』フレッド・ヴァルガス
『生きるか死ぬかの町長選挙』ジャナ・デリオン

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、マキナニー〈ママ探偵の事件簿〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はリンゼイ・サンズの〈新ハイランド〉シリーズ第六弾『忘れえぬ夜を抱いて』。ハンナシリーズの邦訳最新刊『バナナクリーム・パイが覚えていた』は1月15日刊行です。

 

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