翻訳ミステリーが好きな方はもちろん、ミステリーが好きな方は今すぐ購入して読んで欲しい。簡潔で無駄のない文章の本書は、抜群のページターナーぶりを発揮する一気読み必至の作品だからだ。
アイスランドの首都レイキャヴィクにあるアパートの一室で、孤独な老人の死体が発見される。死因は重いガラス製の灰皿による頭部の打撲で、犯行現場には謎のメッセージ残されていた。捜査にあたる優秀な犯罪捜査官エーレンデュルは、部屋の引き出しの奥から一枚の写真を発見する。そこには、1964〜1968年までたった4年しか生きられなかった少女の墓石が写っていた。身寄りのない老人と33年前に逝った少女の関係が明らかになるにつれ、老人の隠匿された過去が明らかとなる。真相に辿りついたエーレンデュルは陰惨な結末と対峙するのだった。
ありふれた事件という出発点から、絶妙なタイミングで著者がハンドルを切るたびそれまで見えていた風景が大きく変わっていき、最後にはとんでもない場所に連れて行かれる。別に結末が想像できないのではない。ただ、そこに至る過程で見えてくる真相と迎えた物語の結末は、怒りとも哀しみとも違う何かを叩きつけてくる。ある人間の行いが他者の人生をぶち壊しただけでなく、周囲の人間の人生にも醜い染みとなって残り続け、その結果悲劇の連鎖が生じていく。その一部始終を是非ご自分の目で確認されたい。
また、妊娠を機に麻薬中毒から抜け出そうともがく娘とエーレンデュルの関係は、作品の重要なアクセントにもなっている。心身共に破滅へと向かいかけている娘との共同生活。そこで互いを思いながら中々歩み寄れない親子の姿は、不器用であるがゆえに胸を打つ。
本書を書店で手に取ろうと思った方は、まず柳沢由美子氏の訳者あとがきを読んで欲しい。少なくとも私は彼女のあとがきのおかげで、失礼ながら地図の場所くらいしか分からなかったアイスランドという国の概要を掴むことが出来た。だが、329ページ中盤からの著者インタビューは、必ず読後に読んで欲しい。なぜなら本書の魂というべき、大事なネタに触れているからだ。
著者インタビューは川出正樹氏の力の入った解説と共に、読後目を通すことで物語を反芻し、重苦しい結末とその中で唯一見出した光明とも言えるラスト一行を噛み締めることができる。ちなみに全て読んだ後、もう一度カバーを見て欲しい。私の胸には様々な感慨が浮かんできた。
アイスランドという日本人に馴染みの薄い国が舞台だが、本書で描かれる事件を構成する要素はアイスランドに特有のものではない。国を選ばずどこでも起きうる悲劇であり、遠く離れた日本人でも十分作品世界に没頭することができる。少しでも多くの方に本書を読んで頂き、日本で紹介されたばかりのアーナルデュル・インドリダソンの作品が次々作以降も末永く刊行されることを私は強く強く願っている。
※本レビューは「書評を楽しむための専門サイト BOOKJAPAN」に掲載されたものを著作権者の許可を得て転載しました。同サイトも併せてご利用ください。