世の中の少なからぬ人々は安らかな死を願っているだろう——痛みも苦しみもなく長寿を全うして、眠るようにこの世を去りたい。だが、現実はそうもいかない。癌を筆頭に、人間を最期まで苦しませる要因として病気という厄介な存在がある。だが、病気さえなければいいのかといえばそう甘くはない。いくら健康でも、交通事故に巻き込まれれば一瞬で人生が幕を閉じるし、殺人事件の被害者になる可能性だってある。毎日平穏無事に暮らしていたとしても、いつ何が命を奪うか分からないのだ。
だからこそ、人は死について悩み続けてきた。同時に、人が死ぬことで生じるドラマ性は物語の大きな推進力となる。ミステリーがジャンルとして長く人気を保っている要因でもあるだろう。
220ページを開くと、「たまごっち」の項がある。ある女性が運転中に重症になったゲーム内のペットを助けることに気を取られ、サイクリングの列に突っ込み、ひとりを殺してしまったのだ。他にも「猫質」を取ったものの猫に逃げられ逆上し、包丁を振りかざして襲いかかり警官に射殺された女など、ミステリーにはとても使えなさそうな事件が取り上げられている。このように人間の死は、我々が普段想定している範囲を超えることがあるし、フィクションではなく現実であるがゆえに、ある種の滑稽さが伴うことさえある。
本書はそんな珍事件だけを集めたようなネタ本なのかと思われた方もいるかもしれない。だが、それは楽しみのひとつに過ぎない。本書が興味深いのは死を取り上げる際、統計資料を多く使う点にある。
「感謝祭の時、飲酒運転をするのは男性より女性の方が30%多い」
「2004年に車内放置が原因で死亡した子供は298人」
「バレンタインデーの前後1週間に毎年約2900人が自殺している」
登場する数字はアメリカ国内の統計ではあるが、それゆえアメリカならではの事情を垣間見ることも少なくない。
一番最初に掲載されている項目は「アイスクリーム」である。移動販売車によるビジネスは一大産業である(ということを私は本書で知った)のだが、その縄張り争いで1985年以降に1117人が殺害されているという。「独立記念日」のある時間帯には、一年間で最も交通死亡事故が発生する。「マフィア」の項では、彼らにまつわる殺人の紹介は控えめで、有名ファミリーのコンパクトな紹介となっている。他の項目に比べ多くのページを割いた「戦争」では、今までアメリカがいくつの戦争に関わり、何人の戦死者を出し、いくらの戦費を使ったかが冒頭に明かされる。人間の死を入り口にアメリカという国を、淡々と描き出している側面も本書にはあるのだ。
とはいえ、本書はそれほど堅苦しい本ではない。興味を持った方は書店で適当なページを読んで欲しい。きっとどこを読んでも何かしら興味深いデータに出会えるはずだ。ちなみに私が書店で何気なく開いたページは「ハンググライダー」だった。年間2万5千人が空を飛び、毎年412人が重力に負けて死亡しているという。寿命を全うし安らかな死を迎えるために、少なくとも何をしなければいいのか。本書はその一助にもなるかもしれない。
大谷 暁生(おおたに あきお) |
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1981年生まれ。慶應義塾大学を卒業後会社員。偏愛している作家はジェイムズ・エルロイ。評をしていく予定の本:人が殺されたり、犯罪が起きたり、復讐したりするような物語が好きなので、そのような物語を翻訳ミステリーメインで。漫画は幅広く今オススメの作品を取り上げる予定。 |
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