突然ですが、虫が苦手です。

 庭仕事をしてるときに耳もとでブーンという羽音がしたりするともうだめ。たとえそれがミツバチでも、家に飛びこんで、しばらくたってからそうっと様子をうかがい、いなくなっていたら庭仕事を再開し、また羽音が聞こえたら家に飛びこむ……の無限ループに入ること必至。植木鉢を動かそうと持ちあげても、その下にダンゴムシがうじゃうじゃいたら、思わず鉢をもとに戻し、見なかったことにしてしまいます。

 ましてやあの、3億年前からほぼ現在の姿のまま生き延びてきたという、文字どおり「生きた化石」であり、人類が滅亡しても生き残るという不滅の代名詞であるあの虫に遭遇した日には……。ああ、フルネームを口にするのもおぞましい。そう、通称G、またの名をゴ○ブリ……。

 というわけで(どういうわけだ?)、今月はそのGをはじめとする昆虫満載の小説、ビル・フィッチューの THE EXTERMINATORS(2012)をご紹介します。えー、そんなの読みたくない、気持ち悪〜い、という声が聞こえてきそうですが、心配無用(たぶん)。おもしろいことまちがいなしなので、ぜひとも最後までおつき合いくださいませ。

 その前に、1996年に発表された同著者のデビュー作『優しい殺し屋』(田村義進訳/徳間書店/1997年/品切)に軽く触れておきましょう。というのも THE EXTERMINATORS『優しい殺し屋』の続編にあたる作品なのです。さくっと内容を紹介すると、環境にやさしい害虫駆除業者を目指す昆虫おたくのボブ・ディラン(今年、71歳にして通算35作めとなるアルバム『テンペスト』を発表した有名シンガーソングライターとはスペルが微妙に違う)が、すご腕の殺し屋と勘違いされたことをきっかけに、南米の麻薬組織から命を狙われ、世界屈指の殺し屋を次々と差し向けられるというお話でした。

 こう書くと、血なまぐさい内容を想像されるでしょうが、実際はすっとぼけた味が魅力のドタバタしたユーモア小説で、ありえないくらい濃いキャラクターのオンパレードなんです。とくに、主人公を殺しに乗りこんでくる殺し屋たちが傑作で、どれもこれもギャグ漫画から飛び出てきたようなのばかり。カール・ハイアセンがお好きな方ならきっと気に入っていただけるはず。ちなみに、環境に優しい害虫駆除とは、ターゲットとなる害虫を捕食するアサシン・バグなる昆虫を使う方法で、薬剤はいっさい使いません。虫をもって虫を制すというやつですな。

 さて、いよいよ本題 THE EXTERMINATORS の話へと移りましょう。『優しい殺し屋』での騒動から6年がたち、ボブの一家は住み慣れたニューヨークを離れ、オレゴン州の片田舎に偽名で暮らしています。というのも、彼らは麻薬組織の差し向けた殺し屋に殺されたことになっているから。生きていると知られたら、ふたたび命を狙われてしまうのです。そんななかでもボブはあいかわらずアサシン・バグの改良に励んでいます。かつては交配を重ねておこなっていた品種改良も、いまでは遺伝子導入という技術を使い、より高度な改良が可能となっています。しかしハイテクはコストがかかる。かくして、開発のかたわら、環境にやさしい害虫駆除プロジェクトを支援してくれるスポンサー探しの日々を送っているのです。

 そしてついにすばらしいスポンサーが見つかるのですが、これがなんと国防総省の人間という触れ込みで、ボブの技術を対テロ戦争に使いたいとのこと。環境に優しい害虫駆除という本来の使われ方ではないものの、好条件の申し出には抗しきれず、ボブは妻子をオレゴンに残し、ロサンゼルスの秘密の研究所でアサシン・バグの開発に専念します。しかしそれをきっかけに、生きていることが南米麻薬組織にばれ、またもや何人もの殺し屋が差し向けられることに……。

 前作は追う殺し屋と追われるボブというシンプルな構図を背景に、噛み合わない会話やボブのおたくぶりで笑わせてくれましたが、本作ではそれがぐんとスケールアップ。過激な保守主義の宗教家やハリウッドの映画業界までも巻きこんだ、壮大なホラ話が展開されています。ボブが麻薬組織にふたたび狙われる話と、ボブの研究がよからぬたくらみに使われる話とが無理なく絡み合い、あれこれ脱線しながらも、パズルのピースが次々と気持ちいいくらいにおさまっていきます。

 また、ブラックなユーモアが随所にちりばめられ、不謹慎ながらくすっと笑ってしまう箇所もたっぷり用意されています。もちろん、昆虫も随所に登場しますよ(初出の昆虫にいちいち“ペリプラネータ・アメリカーナ”などの学名を付記するところが笑えます)。虫が苦手なわたしは、ときどき「うげっ」となりもしますが、まあ許容範囲。というか、そこまで虫を愛せるボブにいとおしさすら感じたほど。

 こんなヘンな本を書いたビル・フィッチューですが、16年間ずっと2作めの構想を練っていた……わけではなく、臓器移植をテーマにした THE ORGAN GRINDERSHEART SEIZURE、宗教のタブーに切りこんだ CROSS DRESSING、音楽業界を舞台にした FENDER BENDERS(レフティ賞受賞)、ラジオのDJを主人公にした RADIO ACTIVITY など、共著も含めれば7作をこの間に書いています。作風は若干異なるものの、いずれもスラップスティックなユーモア・ミステリばかり。1作めではあまり感じなかったブラックな雰囲気は、これらの執筆を通じて培ったのでしょう。

 ばかばかしくてくだらないのに、どこかハートウォーミングで憎めない。もっと多くの人に知ってもらいたい作家です。

ビル・フィッチュー公式サイトhttp://billfitzhugh.com/

東野さやか(ひがしの さやか)

兵庫県生まれの埼玉県民。洋楽ロックをこよなく愛し、ライブにもときどき出没する。最新訳書はローラ・チャイルズ『ミントの香りは危険がいっぱい』(武田ランダムハウス・ジャパン)。その他、ジョン・ハート『アイアン・ハウス』(ハヤカワ・ミステリ)など。

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