打ちっぱなしなら経験あるけど、コースに出たことはなし。十八番ホールまであって、アンダーパー、オーバーパー、オン、OBぐらいまでならわかるけど、ボギーって? イーグルって? アルバトロスって?

 そんなまったくのゴルフ初心者(わたしもそうです)でも安心して読めるゴルフ・ミステリが、〈プロゴルファー リーの事件スコア〉シリーズ。ゴルフ用語はとってもわかりやすく説明してあるし、そもそもそんなに難しい用語は出てこないし、なんならわからなくても大勢に影響はないという、初心者にやさしい仕様のうえ、若き女子プロゴルファーのヒロインをはじめ、メインキャラクターがとても好感の持てるorユニークな人たちばかり。ゴルフに興味がないからと読まずにいるのはもったいない!

 しかも作者はあの〈スケルトン探偵〉シリーズで有名なエドガー賞作家アーロン・エルキンズと、その奥さまでロマンス作家のシャーロット夫人! 謎解きしっかり&ロマンスしっかりという万全の構えです。

 現在シリーズの邦訳は『怪しいスライス』『悪夢の優勝カップ』『邪悪なグリーン』『疑惑のスウィング』の四冊が出ていて、五冊で完結するとのこと(邦訳五巻目は来年一月刊行予定)。一作目から読んでもよし、途中の一作だけを読んでもよし、完結してからゆっくり全巻読んでもよし。どれもお勧めだけど、もしどれか一作を選ぶとしたら、邦訳最新刊の『疑惑のスウィング』かな。

 デビュー四年目のリー・オフステッド(二十四歳)は賞金ランキング五十一位、ようやくゴルフから得た収入で(交通費やキャディ代や食費や宿泊費といった経費を差し引いても)利益が出るようになったばかりのプロゴルファー。三カ月もモーテルを転々としたツアーを終えて、恋人グレアム・シェルダンの家で休養していたリーのもとに、ある日超有名プロゴルファーのロジャー・フィンリーから、直々に電話がかかってくる。アメリカとイギリス、それぞれの国のトッププロで構成された選抜チームが競い合うゴルフ界の一大イベント、スチュワートカップ(架空の大会ね)の“ロッキー枠”にリーが選ばれたというのだ。もちろん選手に選ばれるのは男女とも獲得賞金ランキング上位のプロだけど、抽選で選ばれる“ロッキー枠”(無名のボクサーが選ばれてチャンピオンと戦う映画にちなんで)の選手が男女一名ずつチームにはいれることになっていまして、リーはそのラッキーな切符を手にしたというわけ。トッププロと肩を並べてプレーできるうえ、試合は世界じゅうにテレビ中継される。たいへんなプレッシャーだけど、いいプレーをすれば最高に目立つことができるし、もちろん予選を勝ち抜く必要もない!

 ああ、よかったね、リー! 車にほかの選手と相乗りして試合会場入りし、モーテルも相部屋、食事はファストフードや缶詰という“ラビット”(有力選手がグリーンで存分に腹を満たしたあと、残りものでなんとか生きながらえている下位選手)時代から知っている身としては感無量だよ。だって、スチュワートカップの選手に選ばれると、チャーター機で現地(ノースカロライナ州のパインハースト・リゾート&カントリークラブ、こちらは実在)入りして、リゾートホテルに宿泊できるのはもちろん、試合用のゴルフ用品からレセプション用のスーツやパーティ用のイブニングドレスまで、必要なものはすべて支給されるのだ。しかもお小遣い用に五千ドル分のトラベラーズチェックまでもらえる。賞金はないということだが、これだけすばらしい待遇で、名誉あるアメリカ代表選手としてプレーできるのだから、文句のつけようがない。リーにもようやく運が向いてきたみたい。

 ところが、リーとペアを組むことになったアメリカチームのリーダーであるロジャーは、しばらくまえから絶不調。しかもその不調の理由を知っていると吹聴していたキャディが姿を消し、死体となって発見される。ロジャーの不振の原因とキャディが殺された理由を推理しつつ、晴れ舞台でのゴルフもがんばるリー。そんな忙しいヒロインをアシストするのが愉快な仲間たちだ。

 まずは恋人のグレアム。一作目で出会ったときは刑事だったが、現在は警備コンサルティング会社社長。都合のいいことに大会の警備を受け持っているため、今回はずっとリーのそばにいられる。リーにベタボレのくせにゴルフにはまったく興味がなく、ルールもろくに知らないので、リーが懇切丁寧に説明することになり、ゴルフ門外漢の読者も助かるという仕組み。

 もうひとりは親友のペグ・フィスク。第一作のプロアマトーナメントで同じ組になり、意気投合。四十代の経営コンサルティング会社社長にして裕福な週末ゴルファーで、リーとは共通する部分がほとんどないのに、ことばがなくても通じ合えるほどの仲よしさんに。ゴルフの腕はそれほどでもないけど、情報収集能力は抜群。このペグとリーの歳の差を感じさせない関係がわたしはすごく好き。親子ほどもちがうのに、完全に「親友」なんだよね。リーがお金持ちのペグに金銭面でたよらないのもいい。

 そして昔気質のキャディ、ルー・サピオ。人相も人当たりもめちゃめちゃ悪いが、リーを高く買っていて、おもに試合でリーをアシスト。

 謎解きとゴルフのほか、ロマンスもこのシリーズの大事な要素。シャーロット夫人はロマンス作家だけあって、そのへんもすごく丁寧に描かれています。キャリアと結婚の板挟みになって悩むリーに共感する女子のみなさんも多いはず。

 でもいちばんの読みどころは、女子プロゴルファーの生活ではないでしょうか。賞金ランキングの上下に一喜一憂し、試合中に順位表を見て焦り、なんとかタダ飯にありつこうとし、つねにお金の心配をしている下っ端ゴルファーのエピソードには、夢に向かってがんばるたくましさがあり、読んでいてとても楽しいのです。『疑惑のスウィング』ではそのご褒美か、めずらしくお金の心配をしなくてよくなるので、リーの貧乏生活を堪能するには、一作目から読むことをお勧めしますが。

 そして、なんと言っても、わたしがいちばん気に入っているのは、素直でかわいらしくてがんばり屋のリーのキャラ。ひねくれたところがないし、変に意地をはったりすることもないので、物足りなさを感じる人もいるかもしれないけど、ストレスなく読めるというのもたまにはいいものです。かわいいルックスに自分で気づいていない(少なくともそれを意識した記述がない)というのも好感度大。思わず応援したくなるヒロインです。

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り。

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