あのシリーズはその後どうなってるの? というモヤモヤにお応えするのが目的のひとつでもある原書レビュー枠、今回は9月に刊行されたハーラン・コーベンのスピンオフYAの続編をご紹介しようと思っていたのですが、おもしろいんだけれど1作目を読んでいないと厳しいかもな……ってことで、コーベンつながりで彼が推薦文を書いている日本未紹介の作家、チャーリー・ヒューストンのCaught Stealing(2004年)を取りあげますね。ずっと進んでいなかった映画化の話に動きがあったようですし(後述)、オズフェストも日本に来るしってことで(後述)。

 本書はハンク・トンプソン・シリーズ3部作の1冊目で、デビュー作でもあります。主人公ハンクは“運の悪い人”。いきなり、なんか血尿でてるんだけど病院いくの面倒くさい、っていう場面がオープニングでございますよ。

 カリフォルニアの小さな町で生まれ育ち、両親に愛され、野球の才能に恵まれて(タイトルCaught Stealingは盗塁死の意味)メジャリーグ入りは確実、バラ色の人生が待っていると思われたのですが、怪我が原因で野球ができなくなってしまいます。その穴を埋めるように車に熱をあげると事故で友だちを死なせてしまうし、恋人と大陸を横断してニューヨークへ引っ越せばほんの数週間でふられてしまうし。それでも、のんびりした町で育った者ならではの?いい人キャラ?は大都会ではウケて、近所の評判は上々。バーテンダーの仕事でも仲間から信頼されて、酒にかなり頼りながらですが、10年あまり自分なりにまあまあの生活を送っていたものの、隣人の猫をあずかってから雲行きは怪しく。店にやってきた二人組の客にいちゃもんをつけられて、ボッコボコに蹴られて腎臓を痛めたのが血尿の原因なんですが、ハンクはついに倒れてしまって、病院からへろへろになって(このあたり、ほんとに君はとことん運が悪いよ)もどってきたところで、猫がらみでとある発見があり、同時にあの二人組がアパートに姿を見せて、本能的にヤバい。と感じます。

 その勘は外れていなくて、ここからハンクは複数の手の者たちに追われ、警察からも目をつけられることになるのですが、この本のおもしろいのは、ハンク自身が流されるままにどんどん悪い人になっちゃう点。脅されて仕方なく、という部分もあるんですが、諦めでも開き直りでもないその感覚が妙にあたらしかった。ノワールと紹介されている海外の記事もありますが、いわゆる日本でいうノワールとはちょっとちがうかも。作者本人は自分の作品はパルプだと言っているようです。内容はダークなんですが、おかしみもある筆致で、エルモア・レナードだとか、ウェストレイクあたりが好きな人にお薦め。

 人物造型がとても細やかでリアル、それはディテールが優れているからなんですね。小道具の映画とかコミックのあしらいもうまくて、とくに音楽についてはめずらしいくらい、突っこんだ使いかたで感激しました。ちょっと一服でマリファナを巻く場面で《カインド・オブ・ブルー》のCDをプレイヤーに入れるんですね。小説を読んでいてマイルス・デイヴィスが登場することはめずらしくないですし、しかも超有名作品ですし、うん。と思ったわけですが、このハンク君、ハイになってくるとクラッシュ《コンバット・ロック》のCDに変えるんですよ。CD、がポイントね、ラジオで流れたとかじゃなくて、ちゃんと持ってる設定。しかもなんでこの作品? 代表作《ロンドン・コーリング》だとタイトル的にNYに合わないから? とか、《コンバット・ロック》はアレン・ギンズバーグが朗読で参加しているアルバムでもありますが、アメリカのチャートでいい成績を残した〈ロック・ザ・カスバ〉収録だから? とか(終始、強いメッセージを放ってきたクラッシュ、この楽曲に関しては、ジョー・ストラマーも草葉の陰でほろ苦く思っていることでしょう。検索してみてね)。まあ普通に作者がこのアルバム好きなんだろうなとかあれこれ想像するとオラ、なんだかワクワクしてきたので貼っておきましょう。なにそんなの知らないってむきも、たぶんこれはどこかで聴いたことのある可能性が高そうです。同アルバムだったら〈ステイ・オア・ゴー〉(Should I Stay or Should I Go)もいい。

 横文字ミステリを読んでいると、紋切り型の楽曲イメージだけでこれ登場させたんだろうなあ、と思うことも少なくないですから、ジャズもパンクもポップスもカントリーもいけて、しかも“アルバム単位”でタイトルをばしばし出してくるところには痺れました。しかし、なによりも読んでいて興奮したのは、ある人物の嗜好とある場面を的確に表現するのにブラック・サバスのアルバムを収録曲名まで出してうまく合わせていたことです! ご存じオジー・オズボーンが結成したバンドで(途中かなりの期間離れていましたが、リユニオンしました)、先日、オジーの開催しているメタル・フェス、オズフェストが来年日本で開催されるというニュースを耳にしたのが、今回のレビューをチャーリー・ヒューストンでいこうか、と思い立つきっかけのひとつでもあったくらい、使いかたが見事だったのですっ!

 鼻息荒くなっちゃった。と言っても、あくまでもディテール、内容を楽しむのにそのあたりご興味がなくても差し障りはありませんのでご安心を。映画の話をしておきましょう。ずっと前から話はあったのですが、今年ようやくトロント国際映画祭で、脚本はデヴィッド・ヘイター(『ウォッチメン』)、ハンク役がパトリック・ウィルソン(『ヤング≒アダルト』『プロメテウス』)、刑事役がアレック・ボールドウィン(『私の中のあなた』、『ロック・オブ・エイジズ』)と発表されています。刑事は重要な役のひとつ、こちらはあんまり検索するとあらすじ紹介でねたばれ気味みたいなのでご注意ですが、どちらもいい配役だと思います。

 ハンクのシリーズは3作で完結しています。2作目Six Bad Things(2005年)はハンクの巻きおこすさらなる騒動を描いて、MWA賞ペイパーバック賞候補になりました。3作目A Dangerous Man(2006年)ではいよいよ悪の手先になったハンク。“いい人”だった頃の黒い本音が漏れる場面もあるなか、(友人を死なせた)あの若い頃の事故で自分のほうが死ねばよかった、という悲痛な叫びがやるせない。

 作者のチャーリー・ヒューストンは、このほかにパラノーマルもののジョー・ピット・シリーズ、単発作品、短篇、マーベル・コミックの原作などを手がけています。ディテールの細やかさは実を結んでさらに豊かな描写へつながり、単発のThe Mystic Arts of Erasing All Signs of Death (2009年)はMWA賞長篇賞候補となりました。理由あって犯罪現場清掃の職に就くことになった青年が、現場の血糊だけでなく、自分の心の傷跡も消していくという内容で、デビュー作と比べるとずいぶんと文体や構成も整って、洗練され、デイヴィッド・ベニオフ『25時』を連想させる作品。こちらもいいのですが、ハンク・シリーズの雑多さも捨てがたかったりするのです。

三角 和代(みすみ かずよ)

 ミステリと音楽を中心に手がける翻訳者。10時と3時のおやつを中心に生きている。訳書にヨハン・テオリン『冬の灯台が語るとき』、ジャック・カーリイ『ブラッド・ブラザー』、ジョン・ディクスン・カー『帽子収集狂事件』他。

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