今年の中国の春節(旧正月。7日間程度の連休になる)は例年より早めの1月24日から始まるため、いまこの記事を書いている時点で中国人の上司は帰省していて、店などもすでに閉めています。
ここ数日特に注目されている新型肺炎の感染者が、とうとう私が住んでいる北京でも発見されたというニュースを見ましたが、春節大移動の大勢はもう変わらないからどうなるのかなぁと他人事のようにしか思えません。
春節は話題映画の上映ラッシュ時期でもあります。去年はSF映画『流浪地球』が記録的な大ヒットをしましたが、今年中国ミステリーファンが特に注目しているのが『唐人街探案3』(僕はチャイナタウンの名探偵3)です。東京を舞台にし、有名な日本人俳優も大勢出演する中国の有名ミステリー映画が新年早々上映されるということで、中国ミステリーに注目する日本人としては、一日でも早く見に行くべきでしょう。
2019年の華文ミステリーの日本への輸入状況を振り返ると、陳浩基の『ディオゲネス変奏曲』、紫金陳の『知能犯之罠』、雷鈞の『黄』、陸秋槎の『雪が白いとき、かつそのときに限り』の4作が出版されました。とはいえ去年の中国文学の話題は、劉慈欽のSF小説『三体』に全て持っていかれた感があり、この盛り上がりがミステリーにも波及するのだろうかと未だに疑問があります。
今年は、中国の有名なミステリー小説家・周浩暉の、ドラマ化もされたサスペンス『死亡通知書』、歴史ミステリー小説家・陳漸の『西遊記』を題材にした『西遊八十一案 大唐泥犂獄』、事実と虚構を大胆に混ぜ合わせた唐王朝の陰謀を描いた歴史ミステリー小説家・唐隠の『大唐懸疑録 蘭亭序コード』の日本語版が出版されるようです。これからも様々なジャンルのミステリー小説が着実に日本語訳されて、いつか日本の書店に専用の棚ができれば喜ばしいことです。
■2019年の中国ミステリー短編集
先日、このコラムで何度も取り上げ、インタビューなどにも協力してくれている中国の書評家・民国ミステリー研究家の華斯比氏が、毎年刊行している短編ミステリー小説集『中国懸疑小説精選』の2019年度版を贈ってくれました。

今回収録された作者と作品は以下の通りです。
・海涯『異災』(異常な災害)
清朝を舞台にしたSFホラーミステリー。
・何慕『非関正義』(アンフェア)
学内で起きる生徒連続殺人事件に大学生探偵が挑む。『少女偵探事件簿』から
・言桄『遠島方舟』(遠い島の方舟)
ボランティア先の島で起きた不思議な事件の謎を20年越しに解決する。『給孩子的推理故事』から
・方洋『紅字連載事件』(赤文字連載事件)
壁に血文字を残す連続殺人事件の犯人の正体を追う。
・中生礼『時鐘不会撤謊』(時計は嘘をつかない)
ある作品の時系列からそこに込められた謎を解く作中作。
・凌小霊『転生』(転生)
前世の記憶を持つという人間の供述から新たな殺人事件が起きる。
・青稞『公交,彩票與咖啡店』(バス、宝くじ、カフェ)
北京に伝わる都市伝説と現代の銀行強盗が交差する。
・柳荐棉『鬼火之翼』(鬼火の翼)
SNSにアップされた鬼火発見情報から自殺事件の真相を明らかにする。
・豆包『十年』(10年)
冤罪で10年間捕まっていた男が当時の事件の真相を明らかにし、真犯人に復讐する。
・雷鈞『密室逃脫』(密室脱出ゲーム)
密室脱出ゲーム中に本当に密室殺人事件が起きる。『殺人遊戯』から。
中国にはミステリー短編集でもう1冊『中国偵探推理小説精選』のシリーズがあります。この本に収録されている作品は、個人で動く探偵よりも組織に属する警察関係者を主役とする内容が多く、『中国懸疑小説精選』とうまくバランスを取っているように見えます。
今回の『中国懸疑小説精選』では、『非関正義』と『密室逃脫』が作者自身の短編集からの選出、『遠島方舟』が華斯比氏が編纂した『給孩子的推理故事』からの選出、『十年』が華斯比氏が設立・実施した第2回「華斯比推理小説賞」からの選出となりました。また、『時鐘不会撤謊』『転生』『鬼火之翼』は、中国全国の大学生を対象にしたミステリー大賞第2回「連城杯」の受賞作です。
まだ本書を全然読めていないのですが、受けた印象として、短編作品の投稿先はあるけど、掲載先は少ないままだなぁという感想を持ちました。現在の中国ミステリーの環境だと、短編作品を対象にした賞を設立しても、大勢の人の目に触れる機会が少ないのでは、作家のモチベーションの向上につながりません。
今年は「黒猫文庫」というレーベルから長編ミステリーが続々と出版される予定です。しかし、まだ短編作品しか残していない新人作家のやる気を維持し、クオリティを上げていくかという点が引き続き課題になりそうです。
阿井幸作(あい こうさく) |
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●現代華文推理系列 第一集●
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(執筆者・阿井幸作さんの訳書)